肺癌治療に関する情報誌:Lung Cancer Cutting Edge(LCCE)
2015年02月号vol.58
LCCE 特集:座談会

がん専門医のメンタルヘルス
〜ココロが擦り切れないために〜

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野上:医師は自分が患者になることを拒む傾向があり、医師自身のメンタルヘルスについては、あまり語られてきませんでした。一方で2006年には1年間で約90人の医師が自殺しているというデータもあり、異常な事態になっています。私のような呼吸器内科医が診る肺がん患者さんは、短期間の間に亡くなっていく方が多いため、治療を通じて、患者さんに寄り添うほど心が擦り切れる経験をします。そこで、医師、特にがん専門医のメンタルヘルスについて話し合い、解決策を探る機会にしたいと思います。今回、先生方に関連資料をいただきました。まず松島先生から、がん医療従事者のメンタルヘルスについてご説明いただけますか。

がん医療従事者のメンタルヘルス

松島:がんは疾患自体が予測不可能なところがあり、経過中に様々な段階を変動するため、その度に治療方針を決定しなければなりません。また、その後も完全治癒から症状緩和や死亡に至るまで幅があるため、医療従事者の役割もそれぞれに変わってきます。さらに、がんは治療によって生命は維持されますが、その代償が非常に大きく、外科手術や抗がん剤の副作用によって、一生残ってしまう機能障害が出てくるケースもあります。こうした点が他の疾患と異なるところで、これらの対応が医療従事者のストレス要因となります。また、治療と並行して緩和ケアを進めていくこともありますが、その際、なかなか患者さんやご家族の理解を得られないケースがあります。こうした状況に対して、腫瘍専門医や緩和ケア医だけでなく、多職種のチームで患者さんやご家族を支えていくことになります。チーム医療を目指していくと、参加者が多くなる分いい面もたくさんありますが、逆に大変な面も出てくると思います。

野上:大変な面とは、チーム医療を目指す上で医療従事者間のコミュニケーションが問題になるのでしょうか。医師の勤務時間や睡眠不足と、うつや燃え尽きは、単独では相関しないというデータもあるようですが、どんな要因がストレスになっていくのでしょうか。

松島英介 先生松島:そうですね。がん医療に携わる看護師のメンタルヘルスについてデータがあります。仕事上のストレスの要因では、「看護師と医師間のコミュニケーション不足」を94.1%の看護師が挙げています。仕事で完全燃焼できたかという点もストレス要因として挙がっていますが、医療従事者間のコミュニケーションがストレスに大きく反映していることが分かります。

野上:医師はどうでしょう。がん専門医でも、腫瘍専門医と緩和ケア医の間でストレス要因の違いはありますか?

松島:はい。過去の調査では、腫瘍専門医と緩和ケア医を分けてストレス要因を挙げています(図1)。「負担感とその家庭生活への影響」という項目がありますが、そこでは、腫瘍専門医は58%、緩和ケア医は44%の回答で、がん医療が、医師の日常生活にストレスになると示されています。数値で見ると、腫瘍専門医の方が、緩和ケア医よりストレスを感じているのです。

野上:がん治療において、医師という職業は、そもそも喪失感やストレスを多く抱えて日常生活を過ごしているということですね。腫瘍専門医の方がストレスを感じているというのは意外な気がしました。
しかし緩和ケア医もストレスを感じていないわけではありません。

松島:その通りです。特に腫瘍専門医より緩和ケア医の方がストレスを感じている項目は、「看護師との関係」です(図2)。先ほど看護師のストレス要因の話も出ましたが、チーム医療を推進する上で、チーム間でいかにうまくコミュニケーションをとるかが、ストレス回避につながっているのではないでしょうか。

図1:仕事上のストレスの要因(要因化できた項目)
図2:仕事上のストレスの要因(要因化できなかった項目)
患者さんと医師のコミュニケーションが医師を救う

野上:我々腫瘍内科医にとって非常にストレスを感じているのは、患者さんやそのご家族へバッド・ニュースを伝えること、つまりがん告知をすることです。平成19年に閣議決定された「がん対策推進基本計画」では、患者さん自らが治療方法を選択できる医療体制づくりを謳っています。患者さんが望めばがん告知をすることになりますが、それには医師のコミュニケーション・スキルが重要です。こうした背景から、がん告知の悪い知らせを伝える「SHARE」1)というコミュニケーションプロトコールが生まれました。SHAREは医師のがん告知に関するストレスを軽減する可能性があると思うのです。内富先生、SHAREの開発経緯を教えていただけますか。

内富:はい。私が医者になった1980年代は、がん告知では患者さん本人には最後まで真実を伝えず、ご家族には、患者さんのすべてのことをお伝えしていました。ですからご家族は、内富 庸介 先生当然疲弊します。医療従事者は基本的に良いことをするように教えられてきていますので、患者さんを一時的に落ち込ませることになる悪い知らせを伝えることにはあまり馴れていないですね。それを何とかしようと考えた結果、90年代になって米国臨床腫瘍学会のSPIKES(Setting, Perception, Invitation, Knowledge, Emotion, Strategy/Summary)2)というがん告知手順が用いられるようになりました。SPIKESは患者さんに気を配りながらがん告知をするのに良い手段です。ですが一方で、あらゆる民族や宗教の患者さんを相手に告知をいちいち手続きを踏んで行っているような感じもありました。そこでSPIKESという根幹に、日本人に適した方法としてプラスする要素があればと思い、患者さんに意向調査を実施して、腫瘍内科医の久保田馨先生(現日本医科大学教授)や勝俣範之先生(現日本医科大学教授)らの助言を反映して、開発されたのが 「SHARE」です。

野上:SHAREの具体的な方法をご説明いただけますか。

内富:SHAREとは、①Supportive environment(サポーティブな環境設定)、②How to deliver the bad news(悪い知らせの伝え方)、③Additional Information(付加的情報)、④Reassurance and Emotional support(安心感と情緒的サポートの提供)の頭文字をとったものです。大切な情報を伝えるために落ち着いた環境を設定し(①)、誠実に接して、言葉を選びながら注意深く伝えます(②)。患者さんの知りたい情報を汲みとって付加的情報を話し(③)、告知の後に患者さんの気持ちを理解し、共感を示すことで情緒的なサポートをします(④)。
特に④の安心感と情緒的サポートの提供は、日本の患者さんにとって非常に重要だと思います。

大中:現在、私はがんの緩和医療に携わっているのですが、かつてSHAREに出会ったときの率直な気持ちを論文にまとめました。そのポイントはSHAREを習得された呼吸器がん専門医の先生の言葉に集約されます。大中俊宏 先生かつては「治療していても、関係を深める前に、患者さんが亡くなっていく。何もできない中で患者さんを失っている」という気持ちが強かったそうです。けれどもSHAREを使って上手にコミュニケーションできるようになると、患者さんの症状が悪くなっても気持ちの面でのつながりがより強固となっていくことを感じたそうです。結果として「何もできなかった」という気持ちが薄れ、「燃え尽きを感じなくなった」という印象的な言葉をいただきました。実は、患者さんやご家族とのコミュニケーションは、医師を救うためにあるのかもしれません。

野上:そうですね。あと、昨今は、患者さんも告知など、ある程度バッド・ニュースを受け入れる土壌が日本でもできつつあるとは感じています。

大中:はい。松島先生の全国調査の論文を拝見して、患者さん本人に対して病名告知は6割以上、治療方針の確認も6割以上、余命告知も3割は行われていることを知りました。実は、研修医のときに、がん患者さんと接するのがとても怖かった時期があります。今から考えると明らかな燃え尽きです。25年前のがん医療現場では、まずご家族に病状をすべて話して、患者さんには全然話さないのが原則でした。がんの進行とともに、患者さんは「なぜ回復しないのですか」、「治療しているのになぜ悪くなるのですか」と質問してきます。その一方で、ご家族からは「絶対に病状を話さないでくれ」と言われます。医療従事者側の認識は「手術をして治る患者さんには、ある程度のタイミングで告知するけれども、治る可能性のない方に関しては、最後まで我々研修医が何とかその場を取り繕わなくてはいけない」というものでした。ダブル・バインドの関係の中で苦しみました。

野上:今は、告知時にそういう嘘をつかなくてもいい時代になって、すごく楽になりましたね。

ストレス管理・セルフケア

野上:セルフケアが大切と言われますが、具体的にどんなことをしたらいいのでしょう。医師は無趣味な人が多く、セルフケアが苦手な人が多いのではないかと思います。仕事で多忙なのは、喪失感を忘れたり心の空白を埋めたりするのに、いいことなのでしょうか。医師は特に、仕事をして忘れる部分があるような気がします。一方で、すぐ安定剤のようなものを処方するという人もいるようです。

内富:確かに医師はそういった薬に対する抵抗は少ないように思います。松島先生も本に書かれていましたね。

松島:はい。医師は自分の状況をある程度は自己診断できる反面、精神科や心療内科にはかかりたくない、あるいはその暇もない。そこで、立場上、手に入りやすい向精神薬を使用してしまうということになります。

大中:薬剤以外ですと、自分自身のための時間を持つこと、一人きりになって自分と対話する時間を持つこと、何かに没頭する時間を持つこと、無心に体を動かす時間を持つことでしょうか。私は「いつもの自分ではない、疲れているな」と感じたときは、積極的にそのような時間をつくります。最近はあえて体を動かすために歩き遍路をしたり、その道中で温泉にゆっくり浸かったりしています。そうすると、エネルギーをもらえるような気がしますし、気分も変わって日常的に接していたことも新鮮になります。ただ、忙しい医師は自分が疲れていることも気づけない、気づいていてもなかなか時間が確保できないことがあるかもしれません。しかし、医療従事者自身の心身が充実していることが結果として患者さんやご家族に良い影響を与えるので、大切なことですね。

野上:セルフケアの時間を持てるように医師、メディカルスタッフ、皆で努力することが必要ですね。実際に、午後6時には皆が帰宅できるように取り組んでいる病院もあるようで、趣味や家族と過ごす時間が心のケアにつながっているそうです。

チームのピラミッドを少し平たくする

野上:ところで、日本では、医師が治療においても緩和ケアにおいても、がん診療にストレスを感じていると表に出すのは善しとされないのでしょうか。

内富:腫瘍内科チームと緩和ケアチームを比較すると、腫瘍内科チームは医師が思うようにできる治療チームで、チームのピラミッドは医師が頂点になっています。一方で、緩和ケアチームは、チーム員の関係性を表すピラミッドが、少し潰れた形です。低いピラミッドなので、患者さんとうまくいかないストレスを、医師、看護師という立場に関係なく、カンファレンスで言うことができますし、むしろ奨励されます。

野上:自分であまり抱え込まずチームで相談しストレスも平たくできるといいですよね。

内富:はい。特に、チーム皆が「がんを治す」という同じ目標を見て進んでいるときは、医師のイニシアチブでもチームはうまくいくのですが、延命治療時や進行終末期となると、目標が一つだけでなく、患者さんやご家族の意向によっては複数出てきます。その目標の優先度の合意がチームで得られず、ばらばらになってしまうケースがありますね。こうした場合は、図3:がん治療におけるコミュニケーションと難易度チーム内で目標の優先度を再度共有して、マネジメントしていく必要があるのですが、医師は医療チームのマネジメントを医学部で教わっていないので、その点で少し苦手なこともあるかもしれません。チーム医療のマネジメントについては、がん医療におけるコミュニケーションと難易度を見ても分かりますが、最も難しい位置づけです(図3)。

松島:確かに、がんが治らない段階になると、多職種やご家族の力も借りねば乗り切れない。このとき、医師がイニシアチブをとっていくのは、なかなか難しいです。それぞれの立場を尊重して、立場を活かして一人の患者さんに向き合っていくことが大事ですね。

内富:それと、ストレスを溜めないようにするには、医療チームのヒエラルキーを少し平たくするといいのではないでしょうか。今は、学生のときから、看護学科、薬学科、保健学科など多職種の学生と医学生が一緒に研修会を行う大学があります。学生時から接していると、自然とお互いの領分を尊重する気持ちが醸成されます。

野上:他に医師のメンタルヘルスケアに関して学会等で言われていること、試みられていることはありますか。

松島: 日本医師会では2008年6月に「勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員会」を設置し、勤務医のメンタルヘルスについて各地の医師会と連携し検討を重ねています。
また、日本総合病院精神医学会でも2012年11月より「医療従事者健康支援委員会」を設置し、総合病院に勤務する医療従事者のメンタルヘルスについての対策を論じています。

野上:それはいいアイディアですね。本日は皆様に、がん専門医のメンタルヘルスについてお話しいただきました。(セルフケアに関連して)「最近の若いレジデントはすぐ帰る」などと言ってはいけないのですね。時代が変わったなどと考えること自体が、自分の認識のなさと思いました。今後、この分野に関心が高まるきっかけになればと思います。どうもありがとうございました。

集合写真
  1. 内富庸介, 藤森麻衣子: がん医療におけるコミュニケーション・スキル 悪い知らせをどう伝えるか. 医学書院, 2007
  2. Baile WF, Buckman R, Lenzi R, Glober G, Beale EA, Kudelka AP. SPIKES-A six-step protocol for delivering bad news: application to the patient with cancer. Oncologist 2000;5:302-11.