肺癌治療に関する情報誌:Lung Cancer Cutting Edge(LCCE)
2015年03月号vol.59
LCCE 特集:座談会

呼吸器外科における臨床研究:
レジストリー研究か臨床試験か?

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吉野:本日は呼吸器外科における2種類の臨床研究、レジストリー研究と臨床試験をテーマに、それぞれの位置付けや現状、今後の展望について、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)やグループ間共同臨床試験に多く携わってこられた坪井先生と肺癌登録合同委員会の中心的な役割を担っておられる奥村先生の二人にお話しいただきたいと思います。

それぞれの研究の特徴と最近の動向

吉野:まず、最近の臨床試験の動向についてお聞かせください。

坪井:現在(2014年12月)進行中のJCOG 0802試験は末梢小型非小細胞肺癌に対する縮小手術の妥当性を検証する試験で、本邦の呼吸器外科領域では被験者が1,000例を超える初めての医師主導の第Ⅲ相試験です。これは、この臨床試験の必要性について多くの先生方が賛同し、患者さんの同意を得ていただいた画期的な成果だと思います。
一方で、被験者の対象範囲の設定には苦慮することが多く、JCOG 0802試験でも当初80歳未満を対象としていましたが、多くの高齢者が外科的手術を受けている実臨床を反映するためにも85歳までに拡大しました。

吉野:最近のビッグデータなどを活用した臨床研究が流行り始めています。From randomized trials to registry studies: translating data into clinical information1)などというレビューもあります。臨床試験は科学的に質の高いエビデンスを生み出しますが、適格例を絞り込みすぎると、得られた知見を一般化できないというジレンマもあります。レジストリー研究などで一般臨床における水準評価などを行って補完していくことも必要でしょうか。

奥村:全国的な症例登録事業には私が奥村 明之進先生事務局長を務めている肺癌登録事業(https://haigan-touroku.jp/)があり、他に肺移植における全国の症例を登録する事業があります。いずれも質の高いレジストリーです。ただ、肺癌登録事業のように大規模なものについては、日本全国を本当に網羅しているかについて疑問があります。
肺癌登録事業のきっかけは、3,643例が集計された1994年の外科手術症例の後ろ向き研究で、現在では、日本呼吸器外科学会、日本肺癌学会、日本呼吸器学会、日本呼吸器内視鏡学会の4つの学会からなる合同委員会が設立されています。主に外科的な手術症例の登録を5年に1回ずつ行い、現在第6次を前向き内科症例について登録中です。
肺癌登録事業からは、日本全国のその時点での手術成績が明らかで、例えば、2004年に肺癌の外科治療を受けた11,000例の5年生存率はほぼ70%だということが分かります。さらに、諸外国に比べて早期の手術症例が非常に多く、そして手術成績全体も良好であることが分かり、それを基に様々なサブセットで解析した結果が多く報告されています。
日本胸部外科学会が別途、心臓外科、呼吸器外科、食道外科の3分野の手術症例を全国の臨床研修の基幹施設あるいは関連施設から集計作業を行っており、集計率はほぼ100%です。例えば、2012年の登録データでは呼吸器外科手術が72,000例程度登録されていますが、これはNational Clinical Database(NCD)の統計と近似しています。

吉野:例えば新しい治療法が開発されたときに、その有効性を調べるにはやはり臨床試験が必須でしょうか。

坪井:必要だと思いますが、全てにあてはまらないとも考えます。外科的治療と放射線治療、あるいは外科的治療と化学放射線療法を比較する際には同意取得の問題もあって比較臨床試験の実施は困難です。特にmodalityの違うものを比較したい場合には、前向きの観察研究でデータ集計をして傾向スコアな坪井 正博先生どの統計手法を用いることで新治療の有効性を理解するのも一つの流れでないかと感じています。また、統計学の発達により、試験のデザインも位置付けも変わってきています。例えば、JCOGで行われている0804試験や1211試験は、0201という観察研究からある特定の集団(比較試験が実行不能な予後良好の集団)を見つけ、その集団に対する検証的な単群試験を行っています。

吉野:特に外科では無作為化比較試験の実施は困難なことも多いので、検証のための研究バリエーションが広がることは外科医にとっては非常に喜ばしいことです。
奥村先生、登録中の前向き内科症例の肺癌登録事業について教えてください。

奥村:2014年12月の時点で1万数千例の非切除症例を既に仮登録してもらっており、2015年の末には集計できる予定です。基幹施設からの登録が多く、基幹施設の呼吸器内科における内科的治療の動向はかなり明らかになると思います。しかし、様々な治療方法や治療段階を網羅しているため、各治療による成績をどれだけ細かく分析できるかについては不透明です。

それぞれの研究の課題

坪井:臨床試験においては、患者さんの予後を事前に規定された期間でしか追跡できないことは課題です。観察研究にしても臨床試験にしても、計画された範囲以上の長期のデータは知りえないというもどかしさがあります。手術に起因する間質性肺炎急性増悪の研究などの危険因子などを規定する観察登録研究では短期的に結論を出すことができるので、術後何年かまでのデータが収集できれば初期の目的は達成されると思いますが、その集団の長期成績については観察期間の制限が加わるわけです。

吉野:レジストリー研究は日常臨床の水準評価や実像が得られるのですが、臨床的疑問に応えるには不向きでしょうか。

奥村:例えば、T3肺癌で壁側胸膜だけに浸潤している場合に、胸膜切除のみと隣接胸壁切除のどちらを選択すべきかという疑問には、前向き研究だけでは答えが出せません。しかし、後ろ向きのレジストリー研究であれば、T3/N0でかつR0 resectionと判定された場合には、壁側胸膜切除のみと胸壁切除の生存率は同等であることが分かります(図)。レジストリー研究には、後ろ向き登録も利用しながら、その結果を次の実臨床に活かしていけるというメリットがあると思います。

図
Reprinted from J Thorac Cardiovasc Surg. 2012;144:431-7., Kawaguchi K, Miyaoka E, Asamura H, Nomori H, Okumura M, Fujii Y, Nakanishi Y, Eguchi K, Mori M, Sawabata N, Yokoi K; Japanese Joint Committee of Lung Cancer Registry, Modern surgical results of lung cancer involving neighboring structures: a retrospective analysis of 531 pT3 cases in a Japanese Lung Cancer Registry Study, Copyright 2015, with permission from Elsevier.

吉野:これまでの研究結果で何か興味深い例はありますか。

奥村:若年者の癌は進行が早いため手術の是非が議論されていますが、50歳以下の若年者の肺癌手術症例に関する研究結果では、50歳以上の年齢層に比べてすべての術式で切除後の成績がむしろ良好でした。これは、おそらく日本の外科医の各患者さんに対する手術適応の選択力が非常に優れている結果だと思います。このように、レジストリー研究により、日頃の実臨床が適切に患者さんのメリットになっているか否かが非常に明確になります。

臨床への還元と今後の展望

吉野:臨床試験で得られた知見はどのように一般化すべきでしょうか。

坪井:製造販売後臨床試験と同じようなqualityで、臨床試験で得られたエビデンスの実臨床における活用法や問題点を調べる前向き観察研究があっても良いと思います。現在、企業がやっている製造販売後調査はあくまでも担当医判断で合併症をひろっているに過ぎません。gefitinibの間質性肺炎リスク抽出の際に行ったcase control studyのように、場合によっては臨床試験で提示された危険因子を検証する前向き観察研究についても一定の意義があるように思います。

吉野:逆に、観察研究の結果をもとに仮説を立て、臨床試験を計画した方が効率的なこともあります。例えば、その危険因子を有する集団への対応を判断する臨床試験を行うというようなキャッチボールです。

坪井:観察研究と臨床試験をうまく組み合わせることが必要です。特に副作用や合併症などのネガティブデータは、前向きの観察研究でなければ現実に即した有用なデータの収集が困難です。

吉野:前向きの登録観察研究を組み合わせれば、外科医は、どの集団でもランダム化試験を行わなければいけないというストレスから解放されるでしょうね。 ただ、画像情報や予後、病理情報など本当に詳細で質の高いデータの収集は大きな負担ですから、コストをどこで負担するかという問題については検討が必要です。

奥村:日本のデータは極めて精密だという評価が高く、N因子に関する詳細なデータを提供しているのは日本のデータのみだと聞いたこともありますので、質の高さに比例して負担は大きいですね。

坪井:国際肺癌学会のcommitteeで、データの収集や提出について日本の医師は無償で協力していると言ったら驚かれたことがあります。

奥村:統計学の専門家がボランティアで協力し、得られたデータをもとに論文を書くチャンスをインセンティブとして与えるという取り決めをしている大学があると聞きました。結果の質が高くて世界的にもインパクトのある研究であれば、モチベーションも上がると思います。

坪井:いずれにしても、実臨床の片手間では前向きなデータ収集に限界があるので、質の高いデータ収集のためにも専門の人員の確保が求められます。

奥村:米国のSurveillance, Epidemiology, and End Results Program(SEER)という有名なレジストリーには膨大な人数が登録されており、例えば胸腺癌などの希少癌でも相当数のデータが解析されています。SEERデータベースはおそらく国が管理するソーシャルセキュリティナンバーとリンクしていて、国がある程度の情報は把握していると思います。日本でもこのようなシステムの構築が待たれます。

吉野:今後は何か計画されていますか。

奥村:循環器合併症や間質性肺炎合併症例について危険因子を前向きで登録するという計画があります。学会がどの程度コストを負担できるかという問題はありますが、財源を見つけて実行に移したいと思っています。

吉野: 今後どのようなことが求められますか。

坪井:外科医はもちろん臨床試験、観察研究に関わる医療者が病態や有害事象のgradeなどについて同じ見解を持ち、研究を通してそれらのコンセンサスを確認しあうことで試験、研究の質を一定に保てると思います。

奥村: 日本では、日本肺癌学会、日本呼吸器外科学会、日本呼吸器内視鏡学会、日本胸部外科学会、日本外科学会などの全国的で質の高い学会が定期的に開催され、最新の成果や優れた研究成果についての情報共有ができます。学会が教育的な役割も随分担っていると思います。これにより、多くの症例が比較的早期に集まりますので、このいい環境をますます広げてほしいです。

吉野:一般的に、臨床試験は極めて科学的なために患者さんを選別しすぎていることで日常臨床に一般化されにくいという特徴がありますし、レジストリー研究は日常臨床の水準評価や実像が得られるものの、臨床的疑問に応えるには難点が多いという特徴があります。今後の双方の研究はどのような方向に向かうのでしょうか。今日はそれぞれの研究のエキスパートの先生方から、日本の呼吸器外科研究の将来像が見えるようなお話を伺えました。呼吸器外科は臨床試験、レジストリー研究が盛んに行われていますが、お互いの研究内容を補完し合うことで飛躍的によくなると感じました。今日は本当にありがとうございました。

集合写真
  1. Brown ML, Gersh BJ, Holmes DR, Bailey KR, Sundt TM 3rd. From randomized trials to registry studies: translating data into clinical information. Nat Clin Pract Cardiovasc Med. 2008;5:613-20.