肺癌治療に関する情報誌:Lung Cancer Cutting Edge(LCCE)
2015年11月号vol.64
LCCE 特集:座談会

医療における価格と価値

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久保田:これまでの医学教育では、費用対効果に関する講義・実習などはほとんど行われてきませんでした。しかし少子高齢化が加速して医療費負担額が増えていきますと、薬剤費を中心とした医療費の高騰が見過ごせない課題になってきています。今後、持続可能な医療システムの維持には、患者・医療従事者・支払い基金・行政等各方面での取り組みが必要だと思います。そこで今回は「医療における価格と価値」というテーマで、この分野に造詣の深い先生方にお集まりいただき、現場の医師として、今後医療費とどう向き合うべきかについてお話を伺っていきたいと思います。

医療費と薬価の関係

久保田:医療界では、医療費抑制の観点から「無駄な医療をなくしていこう」という動きがあります。何が「無駄な医療」であるのかについては、様々な考え方があります。現場で患者と向き合う医師は、特に医療における価格と価値について考えねばならない立場にあると思います。國頭先生、最近の医療費増加、特に薬価についてお話をお聞かせいただけますか。

國頭:10年から15年前、分子標的薬剤が登場し始めた頃から高額な薬が販売されるようになった印象を受けます。その頃から殺細胞性の抗癌剤も高くなりましたね。とくに継続的な治療の必要がある薬が高価な場合、患者負担や医療保険制度内でまかないきれるか、少し心配になります。
新しい機序の、その意味で「真の」新薬が発売されたあと、その同系統の薬が市場に出てきます。「同系統の薬」というのは、言わば二番煎じのはずなのに、第二世代とか第三世代とかいろんな理屈をこねて、先に販売された新薬よりむしろ価格が高いことがあります。

柴田:そうですね。一般に市場原理が働きますと、似た製品が市場で販売されるようになった時点で、オリジナル製品の価格は安くなるはずです。

久保田:ところが薬の場合はそうではありません。薬の効果と薬価が比例しているとはいえません。

柴田:医療費に関しては、一般の市場とは異なり、医療保険制度というシステムがあります。そこでは医療費の負担金額や負担者が決められており、保険者、患者、国のそれぞれが医療費を負担しています。誰も医療費を全額支払っていないので、実際のコストを把握しにくくなっている可能性はありますね。

医療費のコントロール~日本と海外の違い~

久保田:とはいえ、今後高騰する医療費の負担に対して、何らかの社会的規制が必要になるでしょう。この点に関して、柴田先生はどう思われますか。

柴田:日本では、新薬が薬事承認を得た後、中央社会保険医療協議会(中医協)で薬価を決めていきます(図1)。この過程で、同種同効薬の有無などを考慮して薬価が決められています。薬の有用性のエビデンスがあるなどの場合は、加算があり比較的高めの値段が設定されます。しかし、薬の有用性や新しいメリットについて、必ずしも臨床試験データのみで検討されてきたわけではありません。

久保田:医療費のコントロールを考える上で、イギリスの国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Clinical Excellence:NICE)のシステムが参考になると思うのですが、いかがでしょうか。

國頭:そうですね。NICEでは、薬や治療法に関するガイドラインを作成しており、医療現場での様々なケースを想定して費用対効果が評価されています。これによりイギリスでの保険償還が決定されるので、多国籍企業である製薬メーカーがイギリスで薬を販売する場合、費用対効果の基準をクリアするため他国に比べて価格が抑制されることがあります。

柴田:柴田大朗先生イギリスだけでなく、ドイツやフランスにおいても、エビデンスが十分にない薬は、新薬でも高い値段を設定せず、後発品に近い値段がつく仕組みになっています。またアメリカでは、企業によっては、薬剤費の上限を設定する仕組み(プライスキャップ)を設けているところもあります。

久保田:日本ではいかがでしょうか。

柴田:最近は、薬価算定基準に関する厚労省の研究事業の成果も踏まえ、作用機序が新しくても、臨床試験のデータで革新性が示されていなければ、営業利益率の加算をしないという方針を採るべきとの話もでてきました。経済的側面を根拠に基づいて評価するという流れだと思います。ただ、今の日本で英国のNICEのような制度を導入するなら、より深い議論とコンセンサス形成が必要かもしれません。中医協では、一部の新薬を保険償還しないという制度を導入することは厳しいという方向で議論がされているようですが、薬価の付け方、加算の仕方、薬価の維持の仕方については、今後ますますエビデンスを見て考慮する方向に進んでいくのではないでしょうか。

國頭:NICEは、コストパフォーマンスが悪い薬を使用しないようにする制度です。ですから、もし日本で導入しても実際には抵抗はないと思います。ただし、国民皆保険制度にあぐらをかいて高い薬を無批判に使い続けるのに慣れてしまった医者の方が意識を変えないと難しいかもしれません。
逆に、効果が高い薬を継続して使用しなければならない患者さんがいて、その薬の価格が上がっていくと、最終的に誰がその薬代を負担するかが問題になってきます。その薬はいわば命綱なわけですから、「使用しない」というわけにはいきません。

久保田:その場合、医療費のコントロールという問題は医療関係者だけで議論するわけにはいかないですよね。

柴田:はい、医師だけでなく患者団体など関係者も含めて、オープンに話しあうことが求められると思います。

久保田:久保田馨先生糖尿病、高血圧など、いわゆる生活習慣に起因する疾患は、生活指導を重視することで、薬剤費を減らすことができるかもしれません。薬剤費を含めたアウトカムの評価が必要でしょう。結果によっては、処方に関して何らかの規制が必要となるかもしれません。

新薬開発と薬価の設定

久保田:直接生命に関わるがんの診療において、標準治療は、その有効性や安全性を前提に考えることは当然だと思います。しかし、医療システムを揺るがすほどの高価な薬剤が次々と承認される状況となっています。新薬開発における薬価の設定についてはどのように考えたらよいのでしょうか。

柴田:私個人としては、商品として承認して市場での販売を許すということと、価格設定は切り分けて考えるべきだと思います。薬は薬事承認を受けて世の中に出ない限り、その使い勝手の良さや、他と比べたときの利点は臨床医には分かりませんし、薬が一旦世に出てくれば臨床家の視点での既存の治療法との相対的な比較等も可能になるでしょう。また、非常に良い薬ではあるものの著しく価格が高い、というものは、薬が世に出れば将来的に製造方法の工夫ができて安価で作れるようになったり、後発品が出て価格が安くなったりして費用対効果が良好になるという場合もありえます。

久保田:薬剤承認のための臨床試験、いわゆる治験と、標準治療を決定するための臨床試験は分けて考えた方がよいということですね。

柴田:はい。ですから、薬が最低限の効果を有しているのかということと、それを臨床現場で第一選択として使うかどうか、そのような薬の経済的価値の評価は、できれば切り分けて議論した方が、いいものを見逃さない仕組みになると考えています。

久保田:承認薬の現場での使用と、標準治療とは切り分けるべきとの柴田先生のご意見もうなずけます。今後は医療費のことも頭に入れつつ、治療法を決めるべきなのでしょうか。

國頭:臨床研究では、結果的に非常に高額になる薬でも、治験段階では提供されるからいいのですが、実際に日常臨床に応用される際には、医療費のことも考えて見直すべき時代だと思います。

久保田:そうですね。

國頭:國頭英夫先生現場では、「新薬が出たら、使いこなさねば」という思い込みがあるようです。ですが、本当に価値があるかどうかを優先して考えるのが当然ではないでしょうか。我々は医学部の教育でも、新しいものイコールすばらしいと考える風潮を、見直すべきだと教えていかなければなりません。
また病院側が、売上を重視していますと、薬や医療のコストは下げるインセンティブは働きません。その点を変えていくべきですが、現実はなかなか難しいところがあります。

柴田:新しい薬に高い価格を付けて欲しいと主張する側が、既存の製品と比べて付加価値があるというエビデンスを臨床試験結果によって社会に示す必要があると思います。また新薬の臨床試験に関わる医師は、試験計画を立てる際にも、既存の薬と比べて費用対効果があるか、社会的価値や意義があるかを問い、議論しなければならないでしょう。ASCOなどでは近年、非常に小さな群間差を規模の大きな臨床試験で検出することは適切ではないという話も出てきています。

久保田:臨床試験をデザインする際には、コストも考慮すべきということですね。

國頭:私が驚いたのは、ある臨床試験で、治療群間のコストの差を指摘したところ、研究を提案した側から「日本は国民皆保険制度や高額医療費負担制度があるから、コストは大きな問題ではない」という答えが返って来たことがありました。しかし医療保険制度は国家が負担しているということです。財源は我々が払う税金や保険料であり、無頓着ではいられないはずです。日本の保険制度が破綻してから騒いでも遅いのです。

柴田:はい。さらに、臨床試験結果を示すとき、臨床的な意義が明確でない小さな差を過度にアピールすべきではないと考えます。臨床試験結果にあまり差がない場合は、きちんとデータをオープンにして見せて、一般の方々に情報を伝える姿勢が研究者の側にも求められるようになってくると思います。

医師は医療費とどう向き合うべきか~患者との関わり方~

久保田:医師は患者や社会の負担に対する認識が極めて少ないということですね。それでは今後、医師として医療費に対してどう向き合えばいいのでしょうか。

國頭:医師は実際に患者さんを目の前にすると治療に関して「無駄を削る」とは言いにくい。この薬は高価だから、少々効果が上でもあなたには贅沢だとか、この治療法には十分なエビデンスがないから、どうしても受けたいのなら全額自費でやってくれ、なんてちょっと言えません。
医療現場にはさまざまな選択肢があります。その中で患者さんが納得するかどうかは、医師が信用されているかが決め手になります。ですから、まずはきちんと患者さんを診ることが第一です。

久保田:良好な患者・医師関係がコストベネフィットにつながるという話ですね。柴田先生、この点で何かご意見はありますか。

柴田:もし自分ががん患者になった場合には、医師の説明を聞いて支払うべき医療コストと自分が得られるメリットについて考えてある程度のところで治療を手控えるかもしれません。もちろんそのような判断は状況によって、例えば独身であるのか家族がいるのか、などでも変わる気がしますが。

國頭:医者は患者に諦めてもらうというか、引導を渡すようなことは言い難い。しかし、「言い難い」と逃げてばかりもいられない。ダラダラと使い続けるのでなく、 いつまで薬剤を使えば良いのか見極める研究も必要でしょう。

久保田:経過観察、薬剤中止の指標に関する臨床研究は重要ですね。肺癌全体の医療費を考えると、社会への喫煙の害に関する情報提供も、医療従事者の役割として益々大切になります。タバコ税を大幅に増税し、医療の目的税にする等の政策が必要でしょう。本日は、医療費の話題から、治験、標準治療を決定するための臨床試験との違いなど、色々と考えさせられました。今後は、薬価と臨床効果について、社会へ分りやすく伝えると共に、現場では、費用に関しても臨床的意思決定を行う上での考慮すべき要因の一つとして考えていくことが必要だと思いました。費用について考えるということは、患者・家族の社会的背景についても充分把握しておくということでしょう。両先生には貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました。

*1免疫チェックポイント阻害剤
PD-L1とPD-1の結合を阻害する抗体など。

*2Mutation burden
ディープシークエンスなどで体細胞突然変異の頻度や数が多い癌腫、症例において免疫チェックポイント阻害剤の効果が高いことから、免疫原性を規定する因子の一つとして体細胞突然変異の頻度や数が重要であるとする仮説3)

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