肺癌治療に関する情報誌:Lung Cancer Cutting Edge(LCCE)
2016年01月号vol.65
LCCE 特集:座談会

肺癌における病理診断の役割

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後藤:ヒトの肺腫瘍の組織型分類のための国際的な標準規約「WHO分類」が改訂されました。そこで、病理医の先生と病理研究に携わった若い臨床医の先生にお集まりいただき、現在の肺癌における病理診断の役割についてお話を伺います。

新たなWHO分類はリーズナブルか

後藤:今回のWHO分類改訂のポイントは何でしょうか。

石井:大きな変更点の一つは、上皮内腺癌や微少浸潤腺癌の概念が独立して提唱されたことです。肺腺癌はいろいろな組織亜型が混ざる癌なので、これまでMixed adenocarcinoma(混合型腺癌)という言い方をしていました。しかし、それでは全体の80%から90%がMixed adenocarcinomaとなります。そこで優勢組織型による亜型分類、例えば lepidic predominantやpapillary predominantという優勢パターンをつけることにより、肺の腺癌の悪性度を反映させる分類が提唱されました。さらに優勢パターンは遺伝子変異や患者さんの予後にも相関しますので、それらを付記することが求められています。
それから、予後が悪いことで知られているmicropapillary predominant adenocarcinoma(微小乳頭状腺癌)が新たに独立したエンティティとして認められました。
あと、これまで生検組織はcarcinoma non-small cellと一括りにした言い方でしたが、生検診断における手技や情報が細かく求められるようになりました。

後藤:さらに扁平上皮癌と大細胞癌についても分類が変わりましたね。

元井:はい。これまで大細胞癌に含まれていましたbasaloid carcinoma(類基底細胞癌)は、分化の方向性が扁平上皮であることを基盤として、扁平上皮癌に組み直されました。
同じく、大細胞神経内分泌癌は大細胞癌の亜型に含まれていましたが、神経内分泌腫瘍のカテゴリーに集約されました。よって、大細胞癌が極めて少ない疾患群になりました。神経内分泌腫瘍は、これまでカルチノイド、小細胞癌(small cell carcinoma)、大細胞神経内分泌癌(large cell neuroendocrine carcinoma)と別々に分類されていたのですが、神経内分泌細胞分化を示す腫瘍として集約され、独立した項目になりました。
大細胞癌は、形態学的所見に加えて免疫染色を用いて腺癌・扁平上皮癌・神経内分泌癌ではない群として、これまでの大細胞癌よりも狭めた分類をする流れになっています。このように今回の改定では、形態学に加えて、免疫染色による分化形質が大きなウエイトを占めることが大きな変更点といえます。

後藤:大細胞神経内分泌癌が大細胞癌から外れて、小細胞癌とカルチノイドなどと一つの分類になったのですが、これはリーズナブルな分類でしょうか。

石井:石井源一郎先生はい。実際、肺以外ではNETという概念で一括りにされています。したがって、大細胞神経内分泌癌に関しては、神経内分泌的な要素が強く、小細胞癌と遺伝子変異が似ていることから、非常にリーズナブルな分類だと思います。

後藤:臨床医の先生は今回のWHO分類改訂についてどのようなお考えですか。

猿渡:腺癌では亜分類がやや複雑になったように思いますが、予後や遺伝子変異の頻度などを反映していることから、臨床的には有用な分類だと思います。また、大細胞神経内分泌癌が、小細胞癌と同じカテゴリーの神経内分泌腫瘍という分類にまとめられたことから、治療戦略などが立てやすくなったかと思います。

新しいWHO分類が臨床に与える影響

後藤:新しいWHO分類が臨床に与える影響のうち、最もインパクトがあるのは生検の取り扱いでしょうか。

猿渡:はい。今回の新分類においては形態学的に腺癌、扁平上皮癌の判断が難しい場合(以前はNSCLC-NOSと診断)に免疫染色を行い、TTF-1などの腺癌マーカーが陽性であればfavor adenocarcinoma、p40などの扁平上皮癌マーカーが陽性であればfavor squamous cell carcinomaの診断となりました。進行期肺癌の場合、扁平上皮癌と非扁平上皮癌では遺伝子変異検索(EGFRやALK)や薬剤選択(ペメトレキセドやベバシズマブ)が異なります。しかし、以前、NSCLC-NOSと分類されていたものが、今回の新分類ではfavor adenocarcinomaやfavor squamousの診断となるので、遺伝子変異検索や治療選択において少し戸惑いもあります。

元井:病理側からfavor squamousと返答されたとき、どうなさいますか。

猿渡:私は基本的にはfavor squamousの場合、扁平上皮癌に準じて、favor adenocarcinomaの場合、非扁平上皮癌に準じて遺伝子変異検索や治療選択を考えていくと思います。その点、病理学的にはどう考えられますか。

石井:今まで、明らかな腺癌、扁平上皮癌と認定できるもの以外はnon-smallと判断してきました。ただ内科の先生方からは、臨床試験や患者さんへの治療の問題などで「もう少し踏み込んだ判断が欲しい」とのご意見が出てきます。ですから今回のWHO分類は、形態学的にはっきりしないものは全て免疫染色に回す流れなので、正誤はともかく、臨床現場では使いやすくなったのではないでしょうか。

元井:元井紀子先生形態学的な分類の弱点は、診断者による基準が異なることです。その点、免疫染色というアプローチで客観性を持たせていますね。免疫染色に関してもパーフェクトではないことやいくつかのpitfallを知っておく必要はありますが、より治療方針決定に必要な診断情報を返せる点では、使いやすいと言えます。

後藤:つい最近まで免疫染色では判断できないという論調でしたが、急に免疫染色だけで分類できるようになりましたね。

石井:今のところ、免疫染色と言っても、抗体クローンによって特異度、感度が違います。それを検証した後に使えば、TTF-1とp40は非常に良いマーカーだと思います。
ただ少し気になるのが、腺癌の特徴を持っていない低分化な癌で、粘液も持っていない場合、「TTF-1が染まったから腺癌」と診断している点です。つまり形態学的には低分化で、粘液を持たず、今までlargeと診断されていたものがTTF-1陽性の腺癌になった。その中にEGFR 遺伝子変異もありますよね。

元井:あると思います。

石井:ですから、今後は遺伝子学をバックグラウンドとした診断も採用されていくと思います。

後藤:後藤功一先生昔の形態学を中心として診断していた病理分類と、現在の免疫染色で振り分ける病理分類は異なるものですか。

石井:かなりオーバーラップしています。従来、腺癌の特徴として、粘液を有する、あるいは管腔を形成する、といった形態が重要視されてきました。しかし、今後腺癌の概念は大きく変わる可能性があります。今まで分類できなかったものを免疫染色で細分類化する試みが始まったところです。

後藤:最近は、癌細胞を取り巻く環境が、がんの悪性度に影響していると報告されていますが、石井先生のご専門の間質の働きについて少し解説していただけますか。

石井:癌組織は癌細胞だけでなく、非癌細胞からもできています。なかでも膵癌や肺癌は、非癌細胞である線維芽細胞の多い癌です。「肺癌の中で特殊な形質を持った線維芽細胞が多く認められる癌は、予後が悪い」とわれわれは提唱してきました。それはポドプラニンという分子になります。いろいろ解析していきますと、線維芽細胞に発現しているポドプラニンは癌細胞に対して悪影響を与えていることが分かりました。悪性度の高いsolidサブタイプの腺癌では、ポドプラニン陽性の線維芽細胞が多く出現しています。すなわち悪性度の高い癌は、癌の周りの微小環境も悪くしているのです。

後藤:癌細胞と間質の相互作用に着目することが重要になるのですね。

PD-L1の免疫染色は重要
試験ごとに抗体、カットオフ値が異なる点が課題

後藤:次は、間もなく臨床応用される免疫チェックポイント阻害薬について話を進めます。バイオマーカーとして注目されているPD-L1の免疫染色について、解説してもらえますか。

猿渡:猿渡功一先生2015年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)では、免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブとドセタキセルの第Ⅲ相比較試験の結果が報告されました。CheckMate-017試験は扁平上皮癌を対象に、CheckMate-057試験は非扁平上皮癌を対象として行われ、両試験ともドセタキセルと比較して、ニボルマブが良好な治療成績を示しました。この試験ではバイオマーカーとしてPD-L1の免疫染色が行われ、それぞれPD-L1陽性のカットオフ値を1%、5%、10%で解析が行われています。扁平上皮癌はPD-L1の発現にかかわらず、ニボルマブが優れていますが、非扁平上皮癌では、PD-L1陰性例と比較するとPD-L1陽性例においてニボルマブは無増悪生存期間や全生存期間で良好な治療成績であったことが報告されています。このことからPD-L1の免疫染色は、非扁平上皮癌においてニボルマブの有効な患者を特定することに有用な可能性が考えられます。

後藤:つまりPD-L1の免疫染色は、免疫チェックポイント阻害薬の臨床応用において、完璧なバイオマーカーではないが、重要なポジションを占めるということですか。

猿渡:はい。PD-L1免疫染色は、もう少し大規模な検討が必要かと考えます。

石井:しかし、各論文を見てみますと、使っている抗体が違うのは問題です。カットオフ値も異なりますので、いずれPD-L1の免疫染色が良いバイオマーカーになり得るとしたら、臨床試験で使われている抗体に関して、同じ組織を使って染色具合の違いがあるか、あるいは各抗体の染色具合と臨床的なアウトプットでどのような相関があるかを、見極めないといけません。現状、この状態から結論を導き出すのは難しいですね。

元井:おっしゃる通りです。今は、薬とペアになったコンパニオン診断薬の位置づけで、1つの薬剤に対してこの抗体という形で研究開発されたものです。現時点では4社からPD-L1免疫染色と組み合わせた臨床試験の結果が発表されておりますが、それぞれ認識部位の異なる抗体が使われ、カットオフ値も違います。今後、病理検体を使った免疫染色は、優れたバイオマーカーとして予後予測因子や治療反応予測因子になっていく可能性が高いと思いますが、このように混乱している現状をきちんと整理していくことも、病理医の重要な役目だと感じております。

病理医・臨床医それぞれの要望
互いの専門性を持ち寄ったディスカッションの重要性

後藤:病理医の先生から臨床医の先生に対して要望はありますか。

石井:われわれ病理医は与えられた組織を見て診断します。たとえば既往の癌がある患者さんの場合、その既往の癌を書いていただきたいのです。呼吸器、肺癌を専門にしている病理医にとって、原発性肺腺癌以外に転移性の肺癌との鑑別も頭に入れなければ、診断は難しい。臨床情報を得た上で診断しなければいけません。情報交換からディスカッションが生まれ、良い診断が構築されると思います。

元井:その通りです。一番大切なことは、それぞれの専門性を持った人たちの対話です。病理診断は最終診断として重要ですが、病理診断が独立して成り立つより、臨床上の画像情報や臨床経過などを含めて、各専門の医師・医療関係者が知恵を寄せて診断していくのが理想的です。

後藤:臨床医の先生から病理医の先生に伝えたいことはありますか。

猿渡:石井先生や元井先生の意見を聞いて、病理診断を行っていく上で、組織標本以外に画像や臨床情報が重要なことが良く分かりました。できる限り重要な情報に関しては病理医へお伝えするようにしたいと思います。これまで私は病理では明確に診断できると思っていましたが、実際に自分で標本をみると、標本だけから診断することの難しさが良く分かりました。

後藤:本日はWHO分類の改訂や、病理学的特徴と遺伝子異常の相関関係、さらに免疫チェックポイント阻害薬の臨床応用に向けて免疫染色の重要性に関するお話を伺いました。臨床と病理の距離を縮め、密なコミュニケーションを行うことは、患者さんにより良い医療を提供するために必須ではないかと思います。先生方、どうもありがとうございました。