肺癌治療に関する情報誌:Lung Cancer Cutting Edge(LCCE)
2017年01月号vol.71
LCCE 特集:座談会

理事長に訊く!

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吉野:学会という組織は臨床研究を進める上で、また、同じ志を持つ医師のコミュニケーションを深めるという意味で非常に重要なツールです。そこでの情報収集、そして交流を通して、自分のポジション、研究の現在地と潮流を知り、日々の診療に還元してもらうということが学会の使命ではないでしょうか。本日は、肺癌診療に関連の深い学会で理事長を務められている、光冨徹哉先生、奥村明之進先生、池田徳彦先生にご参集いただきお話を伺います。

学会の担う機能

吉野:まず、各学会の概要をお話いただけますでしょうか。

光冨:日本肺癌学会は1960年に肺癌研究会という名称で発足し、1966年に日本肺癌学会と公称するようになりました。2007年から特定非営利活動法人という位置づけになっています。臓器別の学会の中では、一番古い歴史を持っています。2016年9月現在、正会員は7,217名で、医師は外科医2,347名、内科医4,076名、病理医203名、放射線医454名という構成です。医師以外の準会員は144名で、増やすための努力を続けているところです。

奥村:日本呼吸器外科学会は3年間の呼吸器外科研究会としての活動を経て、1987年に設立されました。約30年の歴史を持つ学会です。会員はほとんど全てが呼吸器外科医で、現在の会員数は3,105名です。日本外科学会の会員が約4万人ですので、その約8%を占めていることになります。多くは日本胸部外科学会にも所属しており、同学会との合同委員会で呼吸器外科専門医の認定制度を運用しています。

池田:日本呼吸器内視鏡学会は1978年に日本気管支研究会として発足しました。その後1982年に日本気管支学会と改称、そして2003年に日本呼吸器内視鏡学会と再度改称しています。現在の会員数は6,654名、そのうち内科医が約7割、外科医が約3割となっています。気管支鏡の専門医資格を持つ会員が2,552名です。

吉野:いずれも比較的長い歴史を持つ学会ですが、これまでの業績や活動についてお話ください。

奥村:呼吸器外科のルーツは古く、世界的には1903年に肺の手術例が報告されています。肺癌については大阪大学の小沢凱夫教授が1937年に左肺全摘術を成功させ、長期生存例となっています。グラハムの世界最初の肺癌に対する肺全摘から4年後のことであり、日本の呼吸器外科医は早期から世界レベルの技術を持っていました。研究面でも国立がんセンター(当時)の成毛韶夫先生らによるリンパ節マップの開発などの優れた業績をあげています。現在、肺癌手術の治療成績は国際比較でも高水準をキープしております。

池田:当学会の創始者は国立がんセンター(当時)の池田茂人先生で、世界で初めて気管支ファイバースコープを開発された方です。1966年に世界の1号機を作成してから、本年は記念すべき50周年に当たる節目の年でもあります。気管支鏡は改良されるとともに、新たな機能も装備されてきました。それによる精密な診断、がんに対するレーザー治療などが可能になりました。本学会は気管支学や気管支鏡を使った診断・治療を学び研究する有益な場と思います。さらに胸腔鏡に関しても活発な研究が行われています。

光冨:光冨徹哉先生日本肺癌学会の大きな使命は、今や日本人の癌死亡原因の第1位となった肺癌に医学研究の成果をもって立ち向かうことです。このためガイドラインの制定や肺癌取扱い規約の編纂など、治療の標準化と最適化の取り組みには会員の総力を結集して取り組んできました。また予防の取り組みや新薬承認等に関する保険政策については医師だけの力では及ばないところですので、政策提言や要望書の提出など行政への働きかけも行ってきました。

吉野:学会は単なる会員を集めて学術集会を開くだけの組織ではなく、時代の要請に応じて重要な役割を担ってきたことがわかります。各学会で現在、重点的に取り組んでいることは何でしょうか。

光冨:日本肺癌学会は肺癌の学術研究を職能横断的に行うという趣旨で設立された組織ですので、多岐にわたる機能を持つことを求められています。当初は医師同士の学術発表や意見交換の機会であった学会も、医師だけではない多様なモダリティに関わる医療従事者との連携の場となり、最近では患者さんとの交流も重要な要素と捉えて積極的に活動の中に取り入れています。特に市民公開講座には力を入れていて、年間5回ほど学会独自で公開講座を実施しています。
また、こうした活動を推進するには、そのベースとなる目的意識や価値観の共有が重要です。そこで当学会では常任理事を集めて、1泊のリトリート1)という形式の研修を持ちました。ビジネスの領域ではミッションやビジョンの共有を重要視する企業も多いと聞きますので、それにならい、Mission、Vision、Core valueを決めて、実際の学会活動をその下において行おうという方針を確認しました。
一方で課題は、本来の学術的な活動をもっと充実させなければいけないと考えています。これについては呼吸器外科学会が精力的に取り組んでいるので、見習わなければいけません。

奥村:奥村明之進先生呼吸器外科学会での研究活動を活発にしているのは手術数の増加だと考えています。
日本胸部外科学会の学術委員会が行っている毎年の学術調査によると、現在、年間約8万例の呼吸器外科手術が行われており、1980年代と比べると約5倍に増えています。その約半数、4万例程度が原発性肺癌の手術です。肺癌手術は毎年右肩上がりで増えていて、そのほとんどを呼吸器外科学会の会員が担当しているのです。その背景には、早期の肺癌を画像診断で非常に早く見つけられるようになってきたことがあります。このため術式も肺葉切除から縮小手術の方向に徐々にシフトしてきて、区域切除とか部分切除などの縮小切除を考慮しながら、病態に応じた適切な手術をするような取り組みが進んでいます。
今後は、胸腔鏡手術もさらに進歩していくでしょうし、一部の施設では「da Vinci」を使ったロボット手術も導入されています。学会としては研究だけでなく、それを支援して保険診療として認められるようにサポートする活動もしています。呼吸器外科というのは、ガイドラインを次々に作れるような環境にはないので、そちらの方は肺癌学会にお任せして、私たちのほうは呼吸器外科の専門医を育てていくために、呼吸器外科研修を支援し専門医制度の充実を図って、日本の呼吸器外科診療を発展させていくことが主要な取り組みということになります。環境整備という点では、女性の外科医が呼吸器外科の領域でも徐々に増えてきていますので、女性外科医の働きやすい環境をつくり、彼女たちのプロモーションを支援するということも重要なテーマです。

池田:池田徳彦先生当学会に関連が深いトピックとしては、昨今、肺癌に対する個別化治療が大きくクローズアップされています。肺癌の病巣から気管支鏡を用いて組織を採取して病理検査を行うとともに、遺伝子解析を行うのが通常業務となりました。場合によっては分子標的治療後に再生検を行って薬剤耐性ができているかどうかを調べたりというように、内視鏡の役割は多様化しています。
もうひとつは、医工連携です。たとえば、近年では発見される肺癌サイズが小さくなってきており、従来の気管支鏡検査では到達困難であったり、十分な組織を採取することが難しくなりました。このような場合はナビゲーションを用いて検査を支援するようになりました。あるいは、リンパ節から検体を採取する場合は、超音波内視鏡という新しく開発された装置を用いることによって、正確かつ低侵襲に行うことができます。
医工連携で開発された新たな機器を用いるには技術の習得は欠かせませんので、内視鏡のハンズオンセミナー2)や、あるいは動物を用いた呼吸器インターベンションの実技セミナーを定期的に主催して、実践的な教育にも力を入れています。専門的な知識に加えて呼吸器内視鏡の技術を学べる学会という位置づけが、肺癌学会や呼吸器外科学会に対する私たちの存在意義になるのではと思います。

人と人とのアソシエーションの場に

吉野:吉野一郎先生奥村先生から女性外科医の環境のお話、池田先生から教育についてのお話がありましたが、若い人へのメッセージを含めた将来的な展望についてお聞かせください。

池田:肺癌診療においては遺伝子検査が必須になるなど、生検の重要性はますます高まっています。また、技術革新も飛躍的に進んで、最先端のテクノロジーに触れることができます。このような研究の進歩が新しい臨床に直結するエキサイティングな時期に仕事ができるのは幸運なことだと思います。
そのような時代だからこそ新しい機器や技術に目を奪われて、基本的な技術がおろそかにならないよう気をつけなければいけないとも考えています。例えば、気管支鏡写真の撮像や患者さんにとって楽な検査など、私の指導者の年代は苦労して技能を習得し、気管支鏡を一般化してこられました。この意気込みも若手の方々へ十分に伝えるべきと私自身、反省したりもしています。

奥村:学会としては日本国内にとどまらず海外への情報発信を行うことが今後の重要な仕事と考えていますが、この国際化は同時に教育の問題でもあります。日本人の性格や語学の壁もあってなかなか難しいのかもしれませんが、留学をしてものを学んでくるだけではなくて、こちらからも情報発信を行い、研究や臨床を共同で進めていくということができるのが理想です。
呼吸器外科学会で初代の国際委員会委員長を務められた呉屋朝幸先生のご尽力で欧州のESTS(European Society of Thoracic Surgeons)と強い関係を持っており、現在ではジョイントセッションなどの交流があります。私がそこで感じたのは欧州の医師の多くにとっても英語はセカンドランゲージであり、ある意味、対等な条件で話ができるということです。また米国よりは発表する機会も得やすいので、臆せず参加し、コミュニケーションをとってほしいと思います。また、欧州を通じて米国の医師ともさらに交流し米国との一層の関係強化に努めたいと考えています。胸部外科学会の方では海外研修フェローシップという制度を来年から始めることになり、短期留学のような形で学会がサポートするという取り組みも始まっています。積極的に海外に出て、国際的に貢献する若い人材が出てくることを期待しています。
一方で、呼吸器外科、というよりもむしろ外科全体の志望者が減ってきていることが憂慮されます。呼吸器外科学会では3,000人超の会員数が何とかキープできている状況なのですが、胸部外科学会はこの10数年のうちに1,000人減っています。どういうふうにして外科の魅力を伝えていくかが私たちの課題です。

光冨:現在は薬物治療の体系自体が変わりつつあるという極めてダイナミックな時にあり、肺癌学会もどちらかというと薬物療法の発表が盛んです。外科医のひとりとしてはちょっと寂しいところもあるのですが、そういう時代に肺癌研究者のひとりでいられるということは幸せなことだと思います。
特に免疫療法の占める位置はますます大きくなって、いわゆる従来の抗癌剤の位置が下がるということは明らかに予言できると思います。究極的には手術をしなくても、がんが治るような時代が来ればいいわけですが、それはまだ先の話でしょう。ただ、外科手術の役目は徐々に変わっていくだろうと思います。したがって、外科医は集学的というか、多様な研究に関わりながら外科医としての位置を築いていくのが重要で、既存のパラダイムを壊していくような臨床研究を自ら行わないといけないだろうと思います。同時に若者を外科の方に連れてくるというのは難しいかもしれませんが、モチベーションを上げるような呼吸器外科の未来像を描いていく必要があります。
さまざまな人との関わりが解決のカギになるかもしれません。私自身、理事長職を務めることで、これまで自分が知らなかったフィールドで活躍する人と会い、刺激をもらう機会が増えました。肺癌の患者会の人たちもカミングアウトをして、ほかの患者さんを力づけるような活動を非常に熱心にされていることには大きな感動を覚えます。若い患者さんから私の方が教えられることも多々あります。また、医師以外のプロフェッショナルの方が、それぞれの場で活躍する姿にも鼓舞されるものがあります。学会を通じてこのような交流をもち、モチベーションを高めるきっかけにしてもらえれば、学会の意義はさらに大きくなるでしょう。

吉野:今回お話いただいた3学会の取り組みを通じて、研究がますます盛んになり、患者さんのためになる情報発信が行われ、さらにより良い医療が提供されることを確信しています。今後はさらに連携を深め、教育プログラムや研究、人的交流でのコラボレーションを推進していただければと思います。本日はありがとうございました。

1) 日常の場を離れ、落ち着いた環境で哲学的、観念的な事柄を考える時間を持つこと。原義はキ
  リスト教の修道士が自然の中で聖書を読み、神や信仰について深く考える修養的振る舞いを指
  す。

2) 専門家から直接指導を受け、実際の器具や設備を用いて実践的な技能を習得するための研修形
  式。