肺癌治療に関する情報誌:Lung Cancer Cutting Edge(LCCE)
2017年03月号vol.72
LCCE 特集:座談会

改訂された肺癌診療ガイドラインについて語ろう

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井上:2016年12月に開催された第57回日本肺癌学会学術集会で、肺癌診療ガイドラインの最新版が発表されました。本ガイドラインには、すべての肺癌患者さんに適切な治療が提供されるよう、一般市民の方々や診療を行う先生方の道しるべとなる役割があります。冊子としては今回が2年ぶりの改訂ですが、その前回が2005年であったことを考えると、肺癌治療、特に薬物療法の劇的な進歩を表していると言えます。さらにWeb版は、1年の中でも何回も改訂されるのがここ最近の状況になっています。本日は肺癌診療ガイドラインの薬物療法の領域で委員長を務められる瀬戸貴司先生、副委員長の赤松弘朗先生、そして委員で統計家の山中竹春先生にご参加いただき、改訂にまつわるお話を伺います。

ガイドライン改訂の基準

井上:近年では非常にタイムリーに改訂が行われるようになりましたが、どの程度のインパクトを持つ情報が出たときにアップデートするのか、という基準は設けられているのでしょうか。

瀬戸:基準は明確に決まっており、臨床上重要なエビデンスが出て、なおかつ日本でその薬剤が承認されている場合となります。すなわち、日本ですでに使用できる状態であり、海外で重要なエビデンスが出ているのに、使いみちがわからないという状況を避けるためです。こうした条件が揃い次第、基本的にはすぐにガイドラインにも反映するという方針です。承認が取れていない薬剤は、承認された時点でレビューを行い、重要なエビデンスがあるか文献を確認し、採用するかどうかを決定します。
前回の改訂にあたる昨年のバージョン1.1では、承認が下りたニボルマブを追加しました。この時点で臨床的なインパクトが大きいことは明らかでしたので、推奨グレードを示す必要がありました。次いでオシメルチニブとセリチニブが同時期に承認され、その後のラムシルマブはこの改訂作業時にはまだ承認されていなかったのですが、ほぼ確実に承認段階になるだろうという見通しで前もって作業を進めていました。
今回の改訂では、2016年12月19日に冊子を発売するというスケジュールが事前に決まっていたので、未承認薬剤の扱いには苦慮しました。ROS1融合遺伝子陽性肺癌に対するクリゾチニブは、第II相試験の段階でしたが臨床的有用性の大きさは顕著で、近々承認されるだろうということで作業内容には含めていました。このような議論を常に行いながら、承認された薬剤はエビデンスを抽出して、臨床的に有用性が大きいと判断した場合にガイドラインに取り込むというのが作業の流れになります。

井上:まさにup-to-dateというべき取り組みですね。承認前の段階から取り込むというのは、他の国でもあまり見られない例ではないかと思うのですが。

瀬戸:海外でも、承認が取れたものの薬価は付いていないという薬剤も、推奨にあがっていることはあります。この辺りはある程度フレキシブルな対応が取られるようになっています。

井上:私が発表や冊子を見て驚いたのは、発表されてまだ2ヵ月足らずに過ぎないオシメルチニブのAURA3試験1)の内容を早速盛り込んでいることです。これだけの迅速な対応を可能にした背景には、大変な調整があったのではないでしょうか。

赤松:AURA3試験については、2016年12月の世界肺癌学会(IASLC)でポジティブな結果が出るという状況は把握していたのですが、IASLCの発表から日本肺癌学会学術集会まで2~3週間ほどしかないので、当初は間に合わないだろうと考えていました。学術集会にはAURA3を入れない版を出して、後で追加として入れられるかという話が進んでいたくらいです。しかし、出版社の尽力で、AURA3の発表の翌日から印刷機を回しだしたら、ぎりぎり出版に間に合うみたいな話になったのです。データの数だけは分かっていたので、事前に原稿だけは作っておいて、発表された日に印刷会社に送りました。あと山本信之先生や瀬戸先生に原稿のご確認を頂いて、かろうじて間に合わせることができました。

山中:国際共同治験が進んだことによって、そういう情報が委員会の内外からすぐに入ってくるようになったというのは大きいですよね。

瀬戸:現在はWeb社会になって情報のスピードが求められるようになったので、私たちも考え方を変えなければいけないとは思っていました。以前は、所定の期限内の論文だけを吟味して、出るのは1年後みたいなタイムラインで進めていました。しかし、このやり方では、臨床に役立つガイドラインではなくて、ガイドライン委員会が自己満足するためだけのガイドラインになってしまいます。最新かつ重要な情報をどこまで盛り込めるかということを常に考える必要があります。これは現肺癌学会理事長の光冨徹哉先生から強く求められている点です。

山中:私は肺癌以外のがん種やがん以外の疾患のガイドラインにも関わっていますが、それらと比べても、肺癌領域では新薬が次々に出てくるという特殊性に、ガイドライン委員会は柔軟に対応していると思います。新しい情報を常に取り入れ、機敏に対応する努力をされているというのは、委員会の中から見ても強く感じます。

井上:以前は論文化されないと検討しないというような風潮もありましたが、今では重要な学会発表は、基本的にそれで信頼に足るものと考えていいのでしょうか。

瀬戸:それは発表の内容によります。リスク、すなわち患者さんに悪影響を与えるようなデータはできるだけ早く反映することを優先します。一方でベネフィットに関しては、論文化されているかどうかということも考慮しています。例えば、先ほどのオシメルチニブについては、IASLCの当日に論文が発表されているので、発表と論文と見比べながら原稿をチェックすることが可能で、ガイドラインに入れることができました。ところが、同じく発表のあったセリチニブの一次治療は、同日に論文が出たわけではないので評価できないという判断になります。ベネフィットに関しては、批判的な吟味をすることなく安易に判断はできないという考え方ですね。

井上:仮にオシメルチニブは今回論文が出なかったら、推奨グレードAにはならなかったということでしょうか。

瀬戸:このケースについては、PFSではあるもののハザード比が0.3という大きな差が出ていて臨床的有用性は明らかなので、論文化されていなくても推奨に入れる議論をした可能性はあります。

患者のQOLと個別化医療を見据えて

井上:ベネフィットとリスクのバランスは、人によって意見が分かれるところだと思うのですが、基本的な考えはどのようになるのでしょうか。

瀬戸:科学的根拠に基づいて有効性があること、かつ有効性が同程度であれば毒性が軽い方の治療を先行して行い、その次に従来の治療を実施するというのが、山本信之前委員長時代から採用された原則です。Quality of Lifeまで考慮できれば理想ですが、同じ有効性であれば、毒性が軽い方の薬剤をキードラッグと考えて、そちらを優先的に使うという考え方です。殺細胞性抗癌剤しか使っていなかった時代から、分子標的治療薬が登場し、それからさらに多様化が進んだ現在では、新しい評価基準が求められるようになったということです。すなわち、PFSが長くなり、どれだけよく人生を生きるかということが大事になってきたため、生存に差がないのであれば、より毒性が軽い治療というのが今の判断基準になります。

山中:山中竹春先生新しい分子標的薬によって、0.7とか0.8ではなく、0.3などのような衝撃的なハザード比が得られるようになっています。分子標的薬が肺癌で使われるようになった15年前に比べると、ドライバー遺伝子を標的とした治療が発達、定着してきたことは強く感じますね。

井上:分子標的治療では、EGFRのuncommon mutationをわざわざ分けているところも目につきました。1パーセント足らずの集団であるROS1まで分類しているというのは、世界的にも例がないですよね。

赤松:最初に案を持ってきてくれたのは後藤悌先生で、委員会でもやはりこれは変えた方がいいという意見になりました。

瀬戸:あの時には一緒にエクソン19のdeletionとL858Rを分けるべきかという議論があって、そこまでのエビデンスはないということになったのですが、他のuncommon mutationをsensitive mutationに含めてもよいというエビデンスも逆にないので、このような分類になりました。

赤松:気付かずに治療している非専門家の先生方も恐らくおられるので、分けて良かったとは思います。

井上:二次治療では、S-1のデータも、かなり迅速に取り上げられました。

瀬戸:日本人が1,200名中600例入っているような試験で、今までドセタキセルに対する非劣性が証明される薬剤はありませんでしたし、有害事象のプロファイルがかなり違うので、選択肢としては重要だという考え方です。同様に、扁平上皮癌に対する一次治療のネダプラチン+ドセタキセル併用療法は、シスプラチンをネダプラチンに変えるだけでハザード比が0.81下がり、新薬を足さなくても従来の治療より良いということで、これは無視ができないと判断してガイドラインに追加しました。

井上:日本からのエビデンスを重要視して、ガイドラインにもすぐに反映していくという姿勢は素晴らしいと思います。

瀬戸:もうひとつ、ワイルドタイプに対するエルロチニブの記述は抹消しました。ワイルドタイプにはドセタキセル等とエルロチニブが記載されていましたが、ドセタキセルより優先させるべき治療が複数できたので、エルロチニブの役割はないだろうと判断されたわけです。米国でもFDAはエルロチニブのEGFR野生型に対する承認を取り消しましたし…。

山中:米国ではそのような添付文書の変更が行われるケースは散見されますが、日本ではあまり経験しませんね。一方、ガイドラインは柔軟に変更できるところがあるので、海外の情勢とかも取り入れながら機敏に対応するということがひとつの役割と言えるでしょう。

エビデンスと社会的なニーズ

井上:さて、ハザード比なども含めて、エビデンスにおける統計学的な解釈はどのように今後のガイドラインに導入してゆけばよいのでしょうか。

山中:臨床試験や薬剤に関して、個別に議論していく必要があると思います。つまり、メタ解析で有意だったから一律にいいとか悪いとか言うのもケースバイケースです。例えばUFTの補助療法を組織型によって行うかどうかという議論がありましたが、結局、扁平上皮癌のエビデンス、非扁平上皮癌のエビデンスと、メタ解析の結果をもとに個別に考える方が妥当だと思います。別の例では、ニボルマブのCheckMate試験で生存曲線に見られた曲線の開きをどう解釈するかなど、全員の意見の一致が難しいような事例にも遭遇しました。私を含めガイドラインに関わっている委員は今まで以上に個々の事例に関して議論する機会を持つようになっており、より専門性が求められるようになっていると思います。これまでは第III相試験でポジティブだったかどうかで判断していたようなケースもあったと思うのですが、今後は今あるエビデンス以外に存在しているデータを総合して考えたり、同一作用機序をもった別の薬剤の臨床試験で結果の再現性を確認したりするケースもあると思います。その観点からみますと、肺癌学会の現在のガイドライン委員会はいろいろなエビデンスを総合的に解釈して、きめの細かい議論をしていると感じます。

瀬戸:確かに、エビデンスを探すときに、期限を切って抽出される量が以前とは全然違います。ですので、もうevidence-based medicineだけでは、問題を解決できない時代に入っている。そこでこれまで目指してきたのが、コンセンサスを重視した、いわばevidence-based consensus guidelineです。「きめの細かい議論」というときに、現場で使われているものは何なのかということまで考えた上で「ガイドラインの推奨」を決定していこうということです。前回から生物統計家にガイドライン委員会に入ってもらったのですが、今後は看護師、薬剤師、そして患者団体にも参加していただくことも検討しています。

赤松:瀬戸貴司先生コンセンサスは非常に重要な事だと思うのですが、そこに流れ過ぎてしまわないような配慮も必要ではないでしょうか。

瀬戸:もちろんそのとおりで、エビデンス総体のしっかりした吟味は大前提となるのですが、それが臨床に外挿されるときにキーになるのがコンセンサスだということです。ですので、コンセンサスの意義を確保するために、がんを専門に見ている施設と、一般病院と、あとは北海道から九州・沖縄まで、専門性や地域に、ばらつきがなるべく出ないように人選をしています。あとは若手にも積極的に参加してもらえるように。

山中:肺癌に専念している専門医と、一般の呼吸器診療をしながら肺癌治療をしている医師との間で、考え方は異なるものでしょうか。

瀬戸:ガイドラインの読者の大半は、後者の人たちです。肺癌に専念している我々の意見だけはなく、そのような人たちの意見は本質的に重要になります。 例えば、カルボプラチン+ペメトレキセド併用療法は、もう新しい情報は出てこないレジメンです。しかし今でも、非扁平上皮肺癌を対象とした多くの試験で標準治療としての対象群となっており、実際に世界中の臨床現場で使用されています。これがガイドラインに全く記載がないのは問題ではないかと考えるわけです。用量もスケジュールも決まっているレジメンなのに、ガイドラインに記載がなければ逸脱した投与を許すことになりかねません。それであれば、スタンダードな用量、用法で使ってもらったほうがまだ問題は少ないですから、新たなエビデンスはなくともガイドラインに入れるべきだと考えました。

井上:安易にカルボプラチンを用いるのではなく、使える人にはシスプラチン+ペメトレキセドを投与すべきということは、解説文をよく読めば分かるようになっています。解説文は委員の先生方が一番苦労して書かれているところですので、ぜひそこも読んでほしいですね。
一方で、転移部位の種類への個別の推奨は、今後あり得るのでしょうか。

赤松:赤松弘朗先生今回のパブリックコメントでも同様の質問がありました。変異陽性で脳転移を伴う患者さんについてどう考えるかというのは、確かにクリニカルクエスチョンなので、検討が必要だと思います。

瀬戸:IV期の中で副腎と脳、骨の転移は今のガイドラインでも分かれていて、そちらを見ていただく形になっているのですが、現バージョンでは樹形図から飛べるようにはなっていないです。

井上:変異別や転移部位別に行われたサブグループ解析の結果は統計学的にどう考えるのでしょうか。

山中:現実的に、第III相試験を実施するのも難しいですから、いろいろな臨床試験の結果の再現性も踏まえて、トータルに考えていくことになるだろうと思います。まさにそこにガイドライン委員としての力が結集されるということですね。個別化医療というのは、対象を細分化していくということですから、第III相試験に基づく堅いエビデンスには至らないこともあります。したがって、たとえば、「1本の臨床試験で統計学的に決定的なことは言えないかもしれないが、さまざまな臨床試験のサブグループ解析などの再現性まで含めて考えなければいけない」、そういった議論に専門家の力を結集していく時代になったのだろうと思います。

井上:実地としてはやっぱり必要とされている、そういうポピュレーションというのがあるということで、ますます統計の先生の役割は大きくなりますね。

将来のガイドライン

井上:ガイドラインの今後の改善や、検討の方向性はいかがでしょうか。

赤松:今議論しているのは、樹形図を見やすくするということです。例えばEGFR変異陽性の場合は、この薬剤が第1のキードラッグ、その後に第2のキードラッグとしてこれが来るというように、重要性をわかりやすくできないかと考えています。

瀬戸:EGFR変異陽性例に対する最適な治療のシーケンスは何ですか、というようなクリニカルクエスチョンを挙げていって、それに対するエビデンスを収集して、現時点ではこういうシーケンスが一番いいでしょう、というような答えを挙げるような形もわかりやすいと思います。

井上:井上彰先生欧米のガイドラインは、ベストな治療選択肢しか載っていないことが多いですから、ガイドラインとしての優先度は現場でわかりやすいよう強調しても良いかもしれませんね。

瀬戸:もうひとつは医療経済の問題です。これは私の考えですが、将来的には経済学者にコンサルトするということも考えていきたいと思っています。一応、ガイドラインにはコストも考えるというようなことは書いているのですが、現時点では、最適な治療を推奨することが、このガイドラインの役目であって、それでコストが見合うか見合わないかというのは、また別の学問になります。ですので、医療経済学的にどうかということを諮問できるような仕組みを作りたい。

山中:ガイドライン委員会として、医療経済学的視点を入れるかどうかは、コンセンサスが取れているのでしょうか。

瀬戸:私たちが医療経済に関して全然知らずにガイドラインを作ることは避けるべきという考えは一致しています。メンバー全員が基礎的なことは知っているという状態にするため、勉強会を開始したという段階です。ASCOは独自の判断基準を取ろうとしたそうなのですが、医療経済学者から批判があるなど、社会の理解を得られなかったようです。

井上:社会を意識するということは重要ですよね。逆に社会の方も、例えばPMDAなど、ガイドラインの判断を参考にすることが多くなったように思います。

山中:学会が力を持ってきたということだと思います。かつては、欧米に比べると日本の学会から社会への働きかけは弱かった気がします。ところが、現在では、学会から出される様々な要望や、ガイドラインの記載が影響を持つようになっている、これはやはり学会が社会に発信を続けてきた結果、その分の責任も担ってきたからだと思います。

瀬戸:私たちガイドライン委員会も、パブリックコメントなどを通じてさまざまな意見をいただきたいです。特に厳しい意見のほうが、私たちにとっても参考になります。

井上:ガイドラインが途方もないご苦労の下で作られ、維持されていることがよく分かりました。これからもますます複雑化していく肺癌治療を現場の先生方に分かりやすく伝えるために、ガイドライン委員の先生方の役割は非常に大きいと思います。本日はありがとうございました。

1) N Engl J Med 2017; 376:629-640.