肺癌治療に関する情報誌:Lung Cancer Cutting Edge(LCCE)
2017年07月号vol.74
LCCE 特集:座談会

研究万事塞翁が馬-元外科医がiPS細胞を生み出した道のり-

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岡田:今回は、iPS細胞を開発し、その功績で2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞された京都大学iPS細胞研究所 山中伸弥教授をお招きし、同大学呼吸器外科 伊達洋至教授とともにお話を伺います。

iPS細胞技術の臨床応用の展開

岡田:iPS細胞技術は2006年の開発から10年を経て、すでに臨床応用の動きも始まっていると伺っています。まずはその進展や現在の動向、将来の展望についてお聞かせいただけますか。

山中:iPS細胞技術の医療への応用には大きく分けて2つの枠組みがあり、再生医療と創薬研究になります。再生医療については眼の加齢黄斑変性の臨床研究がすでに始まっていますし、さらにパーキンソン病、血小板輸血、心不全、脊髄損傷、角膜再生への応用に向けた臨床研究や治験も間もなく申請できるというところまで来ています。ただ、まずは安全性の確認があり、そのあと有効性の検討に入ることになりますので、実際に臨床現場で使われるようになるには今しばらくの時間がかかると思います。

岡田:一般に患者さんに使用されるにはまだ10年くらいはかかるということでしょうか。

山中:そうですね。これから臨床研究で症例数を蓄積し、治験から保険収載を目指すというステップになるため、ゴールはまだ遠いなと感じています。しかし研究自体は着実に進んでいます。加齢黄斑変性の1例目はかなり重症の患者さんで、もともと劇的な回復は見込めなかった方でした。移植前は抗血管内皮増殖因子(VEGF)抗体の眼球内注射が毎月必要で、それでも徐々に視力が低下していたのが、移植してから注射を行わなくても視力が安定するようになりました。ご本人も喜んでおられると伺っています。

岡田:素晴らしいですね。

山中:これからもっと症例数を増やしていきたいところです。また、この1例目は患者さんご本人の自家移植だったのですが、自家移植は大変な費用と時間がかかります。このため、2例目以降は他家移植での実施を検討しています。

岡田:他の患者さんに由来する細胞を使うということですね。

山中:ヒト白血球型抗原(HLA)型を一致させた細胞を使用します。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)では再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトという取り組みを行っており、日本人で頻度の高いHLA型をカバーできるようボランティアの方に細胞を提供していただいています。このプロジェクトで作製したiPS細胞を使う予定です。

岡田:今後の普及のため大量生産も視野に入っているということですね。創薬研究ではどのような取り組みが進んでいるのでしょうか。

山中:創薬研究は米国が先行していたのですが、最近になって日本の製薬企業も本格的に参入してくるようになりました。再生医療はどうしても対象となる疾患が限られてくるのですが、創薬では全ての薬剤に応用することが可能ですので、今後の発展性という意味ではより期待のかかる研究領域です。

岡田:私たちや読者の方々が使用しているような、抗がん剤の開発にも今後はiPS細胞が使用されるようになるのでしょうか。

山中:抗がん剤の場合は、毒性の予測に活用できないかと考えられています。抗がん剤の毒性は患者さんによって大きく異なることが問題になりますが、臨床試験でいきなり数千例単位の検討を行うのは困難です。そこで患者さん由来のiPS細胞を使って評価系を構築し、心毒性や肝毒性の予測につなげるという研究計画が進められています。

岡田:近年の抗がん剤は、有効性は非常に高くなっているので、毒性も低い新薬候補が生まれてくればさらにがん治療は大きく進歩しますね。

臨床研究と基礎研究、2つの視点

岡田:山中先生には臨床医としてのキャリアがあり、基礎研究に転じて大変苦労をされてからiPS細胞樹立などの大きな成果を出されました。臨床を経験してから基礎研究を行ったご経験から、先生が考える研究の魅力についてお聞かせいただけるでしょうか。

山中:私はもともと整形外科医として臨床に携わっていて、学会発表や論文執筆の経験もあります。その後、基礎研究を始めて感じたのは、ものを客観的に見る、別の言い方をすればデータにだまされないことが重要だということです。10数年前、私たちはノックアウトマウスを使った研究を行っていました。ある特定の遺伝子だけを破壊して何が起こるのかを調べようとしたのですが、その研究では、生まれた10匹のマウスの仔が全てオスだったのです。この結果を見て、この遺伝子はどうやら性の決定に関与しているに違いない、すごい発見だと学生たちと大喜びしたものです。しかし、マウスの数を100匹に増やしたら、今度は50対50くらいになってしまって、結局その遺伝子は性決定には関係なかったという結果になってしまい、がっかりしたということがありました。 これがもし臨床での経験で、例えば10人に新しい治療を行って全員に効果が見られた場合、普通ならこれは素晴らしい治療だと思い込んでしまうでしょう。しかしこのマウスの例のように、10例程度だとそれが偶然起こっている可能性は排除できないわけです。患者さんを増やすことはできませんから、そこが臨床研究の落とし穴であり、難しさではないかと思います。一方で基礎研究は、ではマウス100匹ならどうなのかということが常に求められる世界であり、研究者としてそのような視点を持つことには意義があると考えています。

伊達:私も外科医として治療に従事する傍ら、大学にいますので基礎研究も続けています。私が臨床研究との違いについて感じるのは、細胞レベルのデータはぶれが少ないということです。例えば標準偏差(SD)というのはほとんどありません。逆にヒトの臨床データは、いわば細胞を組み合わせたデータなので、ぶれが非常に大きくなります。

山中:実験で使用するラットは兄弟同士の交配で遺伝子的な同一性が高くなっていて、いわばみんな一卵性双生児のような状態ですから、多様なヒトのデータとは大きな乖離が出てきます。逆に基礎研究しかしていない研究者は、動物や細胞のデータばかりを見て、人間でもそういうものだろうと考えてしまうところに落とし穴があると言えるかもしれません。実際に私たちは、動物実験で有効だった薬剤がヒトでは効果が出ない、あるいは思いもよらなかった副作用が出るということをたびたび経験していますので。

岡田:岡田守人先生ピュアにすればするほど理論には迫れるけれども、一般化からはかけ離れてしまうということですね。医学の基礎研究のゴールはあくまでヒトのためになる診断・治療につなげることなので、難しいところです。

山中:先生方の専門である肺がんの治療はすでに内科的な抗がん剤と外科的な手術が中心になっており、既存の抗がん剤に関しては基礎研究からは遠いような存在でしたが、今は免疫チェックポイント阻害薬が登場し、それ以外にも分子標的治療が盛んに行われていて、一番ホットな研究領域になっているのではないでしょうか。すでにこれらは臨床に導入されていますから、なぜ個人によって治療効果に違いがあるのか、実際の患者さんから学び、基礎研究だけでは説明できない事象を解明していく環境が生まれつつあると感じます。

岡田:私たちは個別化医療と呼んでいるのですが、個々の患者さんにフィットした薬剤を選択することが重要になっています。データを集積してより大きな集団に対してより大きなベネフィットをもたらすための解析を行うという方向性があるのですが、分子標的治療やがん免疫療法については有効な集団を特定するバイオマーカーの同定が臨床の場では急務になっています。

山中:その薬剤への反応性の違いが、もともと個人として持っている免疫の個性に基づいたものであれば、iPS細胞である程度再現できるかもしれないと思います。ですので、CiRAでも可能な限り免疫学の研究も取り入れていきたいと考えています。しかし、がん組織に起こった遺伝子変異が免疫療法の感受性を決定しているのであれば、iPS細胞ではなかなか検討できないかもしれません。

岡田:両者が微妙に絡まっているという説もあり難しい問題ですが、iPS細胞でそれを解明できる可能性に期待したいと思います。

山中:(分子標的治療やがん免疫療法は)実現すれば末期の患者さんでも治してしまうような画期的な治療ですから、ぜひiPS細胞技術でそれに貢献したいですね。

研究室の外に出よう

岡田:山中先生といえばマラソンを通じてのiPS細胞研究基金のPR活動も積極的に行われていて、先日の京都マラソンでも応援大使として走られたと伺いました。伊達先生ともマラソン仲間ということですが、どのようなきっかけで走るようになられたのでしょうか。

山中:山中伸弥先生もともと学生時代に少し陸上競技をやっていたのです。当時は25~30kmぐらいから歩くのもつらくなって、這うようにゴールするのがやっとという程度のランナーでした。それが、2011年から大阪マラソンが行われることになり、自分が40代最後だったので記念に参加しようと思って走り始めたところ、若い頃より走れるようになったんですね。10kmの走力はもちろん若い頃の方が速かったのですが、長距離だと体力が落ちている今の方がいいタイムが出るというのがなんだか気持ちよくて、これをきっかけにマラソンを走るようになりました。
若い頃と変わったのは自制心ができたということだと思います。周りに引っ張られずに自分のペースを守ることが大事で、GPSで自分の速度を見ながら走っています。そうしているうちに、伊達先生にお声がけいただいて、練習会にも参加しています。

伊達:練習会では40人くらい集まって、25km走っています。

山中:農学部にある500mのグラウンドを50周します。一人だったらおそらく10周ぐらいでやめてしまうのでしょうけど、みんながいるからできるという部分があります。普段は一人で練習しているのですが、たまに練習会で集まって走るというのがモチベーションになっています。

岡田:常に何かの大会を目指して練習をして体調をコントロールされているのですか?

山中:大会がないと、モチベーションが高まらないですね。マラソンは結構、マネージメントが大切な競技ですので。

伊達:マラソンは大会当日までにどれだけ準備したかによって結果が変わるので、スタート地点に立った時にすでに勝負が決まっていると思います。あと、大切なのは自分の体をいかに早くゴールまで運ぶかという戦略ですね。

山中:レースでの作戦も、結局は自分のこなした練習量で決まってくるわけです。

岡田:自分のコンディションを把握するのが重要ですね。

山中:飛ばし過ぎると後でバテてくるのは研究も同じだなと思っています。ただ、京セラの稲盛会長にその話をしたら、自分は常に全力疾走だとおっしゃっていましたが。マラソンを2時間数分とかで走る人たちはそういうタイプなのかもしれません。

伊達:しかし、山中先生も京都マラソンでベストタイムを10数分縮められています。サイエンスでは山中先生には勝てないので、マラソンでは負けないぞと思っていましたが、もう肉薄されています。ただこれも、普段の練習の積み重ねでしか成し得ないというのがマラソンという競技の面白いところです。

山中:それにともなって体重が落ちて、痩せすぎではないかと心配されています。しかし、マラソンを走るようになって栄養補給の重要性にも気づきました。マラソンは脚部とか体幹のスポーツなのは間違いないと思うのですが、同時に胃腸のスポーツでもあるなと感じています。実際に先日のマラソンの後、胃腸炎でダウンするくらい、かなり負担がかかっていますから。

伊達:伊達洋至先生私も学生の時にハードな練習をしたら、食べられなくなって体重が落ちましたが、マラソンでトップレベルのランナーは、どんなに練習しても食欲が落ちないのです。そういう人しか、本当のトップにはなれないということですね。

岡田:持久力の強化と消化器系の強さは一見関係ないようで、見えないところに本質があるという好例ですね。次のマラソンは予定されているのですか?

山中:7月のサンフランシスコマラソンを予定しています。

岡田:海外でも走られるのですね。本邦でも米国でも研究者のみならずランナーとしても頑張っていただきたいと思います。

経験することの重要性

岡田:サンフランシスコと言えば、山中先生はグラッドストーン研究所での留学を経験し、そこでiPS細胞研究のきっかけを得たと伺っています。若手の医師や研究者にとっての留学の意義についてお聞かせいただけるでしょうか。

山中:近年では私の研究室の学生やポスドクでも、留学する人の方が少なくなってしまいました。国内にも優れた研究機関ができて環境が整ってきているという部分と、またネガティブな面としては、いったん海外に行ってしまうと国内でのコネクションが途切れてしまうので、戻ってきにくくなるという懸念があるのではと考えています。

岡田:日本は制度が未だ不十分なところがあるので、そのようなキャリア面での不安があるのは当然かと思います。

山中:特に医学部の場合は、今の制度だと臨床研修を終えてふと気が付けば30代半ばになり、そこから大学院に行けば、卒業の頃には40歳近くなってしまいます。そうなると家庭もあり、医師としても社会的に認められる頃合いですから、留学に踏み切るのは難しいですよね。私の場合、研修は2年だけで、大学院を出た時には30歳になったばかりでしたから、それほど抵抗はなかったのですが。

岡田:私は行くのが遅くて、36歳の時でした。

伊達:私は29歳の時で、向こうの研究室でも一番若かったです。そういうポジションで海外を体験できたのは、今となっては幸運なことだったと思います。

山中:外科医の方々は大変多忙だとは思うのですが、無理にでも時間を作って、1~2年でも海外に行ってほしいですね。海外での経験というのは、いくらインターネットが発達したと言っても、実際に現地に行ってみないと得られないものですから。特に米国は科学でも医学でも世界の中心ですから、そこでどういうことが起こっているのかを見るためにも。私が米国に行ってもっとも衝撃的だったのは、周りの研究者が皆すごい人で、しかもそういう人たちが山ほどいるということです。それを肌で感じ、そして実際にコミュニケーションを取るというのはかけがえのない経験になります。留学前、当時の先生にお前は世界と戦っているんだと言われたのですが、研修医を終えたばかりの私にはすごいなあくらいの感想しか出てきませんでした。しかし、海外に行って初めて世界と戦うという覚悟ができましたし、頑張ろうという気にもなりました。

伊達:留学は人と出会えるということが財産になると思います。絶対日本の研究室にはいないような、多彩な人に会えるということと、その中に本当の友達ができるということでしょう。あと英語を身につけることもできます。日本にいただけではいろいろな面で限界があるのではと思います。

岡田:文化の違いを知ることも重要ですね。逆に日本の良さがわかるということもありますし。

山中:日常の診療でもかなり違いはあります。例えば日本の整形外科では、患者さんの身体を診察した後、薬液で手を洗浄します。ところが米国で私の娘が受診した時、医師に「今からあなたを触りますから、私は手を洗います」ということを言われて大変驚きました。逆にチーム医療は米国の方が進んでいる印象を受けました。日本のように医師を頂点とした体制ではなく、対等な関係をベースにチームワークが機能しています。米国が全て優れているわけではありませんが、良いところが多いのも確かなので、その両方を実際に経験することで視野が大きく広がると思います。

岡田:キャリアの中断を不安に思う気持ちもわかるのですが、実際には数年ほど海外に行っても想像する程マイナスに働くことはありませんから。

山中:留学による遅れをキャッチアップするのは、それほど難しいことではないと思います。しかし留学は後でしようと思っても、いろいろな障害が出てきますし、英語なんて手遅れになってしまいますから、行けるタイミングをみつけて、ぜひチャレンジしてほしいですね。

伊達:それを支援するのは私たち教育者の仕事でもあると思います。私たちの呼吸器外科では、以前は2~3人程度しか留学させることができなかったのですが、この春から11人を送り出せるようになりました。

山中:素晴らしいですね。

岡田:私の教室でもなかなか人のやりくりは大変ですが、他の人事よりも留学の方を最大限優先するように努めています。医師や研究者としての人生は短いようで長いですから、多様な経験を通じてモチベーションを高められるような環境づくりをしたいと思っています。最後にお伺いしたいのですが、山中先生にとって研究生活を支えたモチベーションは何でしょうか。

山中:そうですね。基礎研究を始めた頃の実験で、動物に血圧を上昇させる薬剤を投与したところ、逆に血圧が急激に下がってしまい、ショック状態になるということがありました。予想と正反対のことが起こったわけですが、その時に、こんなことが起こるんだ、臨床とは全く違う世界があるんだと、自分でも驚くほど興奮したのです。研究の世界ではこういう予想外のことが頻繁に起こります。いい結果が出たと思ったら、すぐに覆されて落ち込むこともあります。しかし、もし私のやってきた研究が全て予想通りのことばかりだったら、研究に熱意を持つことができず、ここまで続けられなかったかもしれません。この実験の時に感じた未知の現象への驚きと興奮が、自分の中で今でも原動力になっています。

岡田:好奇心が失敗を成功に変える、即ち私の口癖のピンチはチャンスということですね。「人間万事塞翁が馬」をモットーにされている山中先生らしいエピソードだと思います。今回は臨床と基礎研究のバランスに始まり、スポーツやキャリアパスにいたるまで、世界に研究活動を広げていく上で大変貴重なお話を伺うことができました。本日は誠にありがとうございました。