肺癌治療に関する情報誌:Lung Cancer Cutting Edge(LCCE)
2019年01月号vol.83
LCCE 特集:座談会

ロボット手術新時代の幕開け

千葉大学 大学院医学研究院 呼吸器病態外科学 吉野 一郎 先生 順天堂大学 医学部 大学院医学研究科 呼吸器外科学講座 鈴木 健司 先生 鳥取大学 医学部 器官制御外科学講座 胸部外科学分野 中村 廣繁 先生

吉野:ロボット手術(robot-assisted thoracic surgery:RATS)が日本に本格的に導入されてから、10年近く経とうとしています。近年は適応も広がり、さらに臨床現場に浸透していくことが予想されます。本日は、呼吸器外科領域のRATSの導入と普及に先陣を切って取り組んでこられた鳥取大学 医学部 器官制御外科学講座 胸部外科学分野の中村 廣繁先生と、近年多数のRATSを行い、症例を積み重ねておられている順天堂大学医学部 大学院医学研究科 呼吸器外科学講座の鈴木 健司先生のお二人をお迎えし、RATSの現状や今後における役割についてお伺いします。

RATSの導入から普及へ

吉野:RATSは世界的には、90年代末に欧州で導入されたのが始まりで、すぐさま胸腔手術にも用いられました。2000年には米国でも承認されました。日本でもこの頃に導入の動きはあり、当時私が在籍していた九州大学などで治験が始まったのですが、承認には至りませんでした。その後紆余曲折あって薬事承認を取得したのは2009年のことです。その後、2012年に前立腺全摘手術、2016年に腎部分切除術が保険収載され、この2018年の診療報酬改定で大幅に適用が拡大されました。呼吸器では良性縦隔腫瘍、悪性縦隔腫瘍、そして肺葉切除がその中に含まれ、これから症例が急速に増えていくことが予想されています。

中村:現在、手術用ロボットは日本で300台余りが導入されています。プロクター(手術指導医)の認定はまだ12名なのですが、RATSの認定資格は約220名が保有しています。

吉野:お二方が実際にRATSに関わるようになるまでにはどのようないきさつがあったのでしょうか。

中村:胸部外科手術では、もともと胸腔鏡手術の適用が早かった(1994年)という背景があります。低侵襲手術ということで私たちはいち早く取り入れていたのですが、当時はまだ鉗子が今のように改良される前で、開胸手術のようにはいかないという部分がありました。そういうこともあり海外で使われているRATSには注目していたのですが、承認後に当院では低侵襲手術センターを設立して、病院一丸となって導入することとなりました。私自身待望していたことでもあったのですぐに準備を始め、2010年夏に導入し、翌年1月には1例目の手術を行うことができました。導入がスムーズにいったのは施設としての意識が高かった部分も大きく、病院長も当座のコストよりも長期的なメリットを重視するという考えを持っていましたし、他の診療科も導入に積極的だったため横断的な取り組みができたという部分があります。

鈴木:私も1990年代から胸腔鏡手術に取り組んだものの、なかなか手術の質の確保が難しく、特に悪性腫瘍の場合だと予後に影響することが避けられなかったため、全面的には導入しきれないということがありました。私の場合、RATSに関わりだしたのは人との出会いがきっかけです。2015年に高松市で開催された日本呼吸器外科学会で、米国アラバマ大学(当時)のCerfolio教授と食事を一緒にする機会があり、RATSの見学にお誘いいただいたのです。訪問する前は知らなかったのですが、アラバマ大学は早くから先進的にRATSに取り組んでいて、非常に感銘を受けました。当院では以前から泌尿器科でRATSを導入していたため、戻ってきてトレーニングを受けてみると、開胸手術と遜色ない手術ができるのではないかという手応えが得られ、2016年1月から本格的に始めるようになりました。

RATSのメリット

吉野:千葉大学 大学院医学研究院 呼吸器病態外科学 吉野 一郎 先生(司会)お二方ともすぐに肺癌に対するRATS肺葉切除を適用されたようですが、その良さを実感できるようになるには、どの程度かかるものなのでしょうか?

中村:トレーニングではすごく動かしやすいという感覚は得られるのですが、実際に手術で使ってみると最初の1例目は非常に緊張したことを覚えています。ただ、5~10例目からは慣れてくるのではないかと思います。

鈴木:1例目は良性腫瘍で肺の右上葉切除でした。この場合は幸いに単純肺葉切除で分葉も良好だったため、それほど苦もなく終えることができました。しかし、2例目が肺門のリンパ節が大きく腫れたbulky N1の症例で、通常の手術であれば解剖学的な認識で問題なくできるのですが、ロボットの視界だとリンパ節や血管の識別が困難で、気管支動脈の出血を止めるのに手間取り、手術自体はうまくいったものの、非常に時間がかかりました。私の場合、RATSの良さを感じられるようになったのは30例目くらいからで、開胸手術に近い感覚でできると思えたのは50例を超えたあたりからです。

吉野:術者の感覚として、RATS肺葉切除が良いと思える点はどこにあるでしょうか。

中村:鳥取大学 医学部 器官制御外科学講座 胸部外科学分野 中村 廣繁 先生鉗子に関節があるということが最大の強みではないかと思います。また、3Dで視野が得られることです。導入し始めたころ内視鏡には3Dはなかったので、よく見えるという点と手が動かしやすい点では明確な違いを感じました。特に、奥にある組織を動かそうとするとき、他の術式では手前に引き寄せるしかありませんでしたが、RATSではさらに奥側に展開することができるので、このような可動性の大きさはメリットに挙げることができます。

鈴木:確かに胸腔内の操作のクオリティは、胸腔鏡よりも断然優れていると思います。

吉野:では、そのことが患者さんのメリットにどうつながっていると言えるでしょうか。

中村:開胸手術と比べれば、RATSは明確に低侵襲ですし、その実感もあります。では、外科医にとってやりやすい、きれいにできるという感覚が、胸腔鏡手術(VATS)と比べて、患者さんへのベネフィットとして示せているのかというと、まだそこには至っていないのかもしれません。肺癌の手術ではVATSでもかなり精密な操作ができるようになっていますし、低侵襲という意味ではほぼ同じではないかと思います。手術自体がうまくいくことによって合併症は少なくなるという結果を蓄積していく必要があります。一方で、縦隔腫瘍に関しては、7~8 cmのような大きなものもRATSならきれいに切除することができます。内視鏡ではできないと言われて紹介された患者さんが、術後再発も合併症もなく過ごせているので、そのような方には非常に感謝されています。

鈴木:順天堂大学 医学部 大学院医学研究科 呼吸器外科学講座 鈴木 健司 先生患者さんの視点から見た短期的な指標は、症状、つまり術後の疼痛や息切れ、空咳が挙げられるかと思いますが、これに関しては、実際のところあまり変わりはありません。私がメリットになるだろうと感じるのは、手術のクオリティの安定化です。VATSなど胸腔鏡手術は、上手な術者が執刀されると本当にすばらしいのですが、今は全国的に行われるようになって、その中で比較するとクオリティに大きなばらつきが出ているのではないかと考えています。胸腔鏡手術の欠点のひとつに、一人ではできないということがあり、たとえ執刀医が優れていても、スコピスト、つまりカメラを動かす助手の操作がまずければ手術のクオリティは大きく損なわれてしまいます。その意味では、RATSでは視野の確保という点で術者に依存するばらつきを減らすことが可能ですので、手術の質が安定し、長期的には患者さんのためになると考えています。

吉野:VATSでどんな手術でもできる外科医は非常に限られているので、RATSでそこが拡大できると明確なメリットになりますね。

中村:その意味ではRATSの患者選択は重要になるだろうと感じています。例えばBMIが30を超えるような肥満の患者さんだと、胸腔鏡の鉗子がうまく動かないので、中に関節があることは重要な利点になります。また、縦隔でも、神経原性で交感神経や迷走神経が行き交っているところにある腫瘍もうまく取ることができますし、肺気腫を合併している方など肺機能が落ちている場合に、深部での縫合操作ができるのは大きいです。

鈴木:RATSというとどうしても傷を小さくするという発想になるのですが、開胸手術でロボットを使うという選択肢もあると思うのです。中村先生の言われたような深いところでの運針は開胸していても相当難しいですから、そこはロボットがやる、というように。導入療法後の手術や、あるいは血管形成を伴うような手術でうまく活用できるようになれば良いと思います。

中村:そうですね。術前化学療法(ネオアジュバント)後の手術やサルベージ手術にも、RATSの利点を活かしていきたいところです。また、ロボットで最初から最後までパーフェクトにしなくても、難しいところだけロボットを使って行うハイブリッド手術という選択肢も十分にあり得ると考えています。

いかにRATSを選択するか

吉野:現状としては、I期肺癌に対して、RATSとVATS、あるいは開胸手術はどのように使い分ける形になるのでしょうか。

中村:腫瘍径について言えば、例えば5cmを超えるような比較的大きなものでもRATSで問題なく対処できると考えています。しかし、肺門縦隔リンパ節転移がある場合、つまりTMN分類でN1、N2となるようなものは、出血のリスクを考えるとまだRATSの適応としては難しいという印象です。VATSはN1でも行っているので、RATSの方が少し適応は狭いかもしれません。まだ私たちにとってRATSは初期段階にすぎないと思いますので、無理に拡大していくものではないと考えています。

鈴木:当院では間質性肺炎に関しては適応にしていません。ロボットの鉗子の把持力だと、いわゆる甘噛みができても、組織が硬くなった肺では結構損傷してヘマトーマを作ってしまうので、間質性肺炎の患者さんは、あえて外しています。その他では実はあまり適応を絞っていなくて、進行肺癌にも使っているし、胸壁合併切除も行っているという状況です。

吉野:RATSを早くから導入した施設でも設置台数や他診療科との兼ね合いで、手術件数の制限があると思うのですが、お二人の施設ではどのような状況なのでしょうか。

中村:当院では月曜日が呼吸器外科で使用できるので、その日に2例まで入れることができますが、肺癌で分葉の悪いものなど時間がかかると麻酔科との関係で難しいです。

鈴木:私たちもRATSができるのは全体の2割程度です。形成術を伴うような手術はやはり枠を確保するのが困難になるので、結局は開胸手術で行う場合も多いです。

吉野:千葉大病院でも、まだ始めたばかりですが、毎週1~2件しか施行できないという事情があります。外来ではI期の患者さんに開胸、VATS、RATSの説明を平等にするとRATS希望が多く、概ね2ヵ月待ちになってしまっています。そう説明しますと、それなら開胸でもいいから早くして欲しい、と言う患者さんもおられ、結局、需要と供給のバランスでRATS適用患者数が決まっているという現状です。

中村:RATSの待機という形はとっていないのですが、肺癌全体で5~10人くらいの方が手術待ちという形になっています。RATSを行うかどうかは外来で手術の内容を説明しており、患者さんに実際に決めてもらっています。

鈴木:待機時間は患者選択も考慮に入れています。巨大な腫瘍や、リンパ節転移がある場合は2ヵ月先というのもなかなか難しいので。また、位置的にRATSのほうが良いだろうという患者さんも優先的に入れているので、スケジュールとしては縦隔腫瘍は先の方まで予定が埋まっていて、合間に肺癌をいれるという形をとっています。ただ、このように医学的ではない部分で適応が決まっているのは好ましいことではないので、低価格化など普及の拡大に期待したいです。

中村:日本は導入台数としては多い方なのですが、逆に使えるのに動かせていない施設もあり、バランスが良くないという部分があります。これからさらにロボット手術を行き渡らせるようにするのか、あるいは集約してRATSセンターのような形をとるのか、医療政策的な検討も必要になると考えています。

RATSの将来

吉野:今後、RATSを臨床的に普及させていくにはどのような取り組みが必要になるでしょうか。

鈴木:この4月から多くの手術が本邦で行われるようになり、学会や厚生労働省が様々なルール作りを行っているところですが、私たちとしてはまず何よりも安全性の確保ということになると思います。呼吸器外科医の場合、術中の急性出血を経験していない医師はいないでしょうが、やはり患者さんには経験させてはいけないものです。どのように防ぐか、また、出血が起こったときにRATSでどう工夫して対応するのかということも課題ですね。

中村:安全のためには、繰り返しになりますが、やはり最初の患者選択が重要になるかと思います。特に慣れないうちは、例えば非喫煙者、痩せ型で、分葉が良好で、腫瘍の大きさも3cm以下というような、比較的、手術しやすい症例を選ぶと良いと思います。

鈴木:同時に、開胸手術に移行する見極めについても考えておく必要があります。

中村:必ずコンバージョンラインを設定しておいて、何か問題があってもすぐに対応できるようシミュレーションを行っておくのが重要ですね。安全性についてはロボット自体の進歩にも期待していて、触覚の再現や、AIなどによるナビゲーション機能もクオリティの改善に大きく貢献してくれるのではないかと考えています。

吉野:技術の進歩によってRATSの使い道も変わっていくでしょうね。

中村:5Gなど通信技術が改善されれば、操作のタイムラグをなくすことができますから、遠隔医療への応用が本格的になるでしょう。さらに人間の作業を代替させることで手術に関わる人件費を抑制したり、視力や手の動きをカバーすることで外科医としての寿命を延ばす、という効果もあるだろうと思います。

吉野:最後に、RATSによって若手外科医への教育のあり方はどう変わるかをお伺いしたいです。

鈴木:デュアル・コンソールのシステムは、視野を共有できるので教育効果は非常に高いと思います。問題はどの時点から使わせるかということで、今も議論になっているのですが、私個人としてはあまり早期からロボットを使わせるメリットはないと考えています。1,000例程度こなせば不測の事態にも対応できるようになりますから、安全面でも安心ですし、むしろ若手の医師はテレビゲームなどの経験があり上達は速いので、外科医としての素養を育ててからでも遅くはないと思います。

中村:RATSはもちろん早い時期から意識してもらうのですが、開胸手術でもVATSでも共通する基本手技はありますので、それを常に考えながらマルチタスクができるように若手を教育していくことが有効ではないかと考えています。

吉野:RATSの現在の状況や今後の展望まで、非常に有意義なお話を伺うことができました。本日はありがとうございました。